西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

稲荷信仰

稲荷神

今日は初午(はつうま)の日です。初午というのは、2月最初の午の日のことで、この日は、稲荷神社の総本宮である京都の伏見稲荷大社をはじめ、全国の稲荷神社で「初午祭」が斎行されます。和銅4年(711年)2月の午の日に、稲荷神が初めて三ケ峰(稲荷山)に降臨され、これが伏見稲荷大社の御鎮座の由来となっているため、全国の稲荷神社では特にこの日を重要な日として祭典を斎行するのです。

初午の日に稲荷詣をするという習慣も古くから盛んで、清少納言の「枕草子」にも、2月の午の日に伏見稲荷に参詣したことが記されています。また、初午の稲荷詣では、稲荷詣のシルシとして杉の一部を持ち帰るということも一つの慣わしとなっていたようです。

ところで、稲荷神とは切っても切れない関係にあるのが狐です。稲荷神と狐との結びつきがあまりにも強いため、「稲荷神=狐」と誤解している人も結構多いのですが、狐はあくまでも稲荷神に仕える「神の使い」であって、「稲荷神」そのものではありません。狐を神様としてお祀りする狐塚というものもありますが、狐と稲荷神はあくまでも別の存在です。私は3年前に、伏見稲荷大社で正式参拝をさせていただいたことがあるのですが、そのとき、伏見稲荷の職員さんも「お稲荷様と狐を混同している人が未だに多い」ということを仰っていました。

では稲荷神とはどのような御姿をした神様なのかというと、もともと神様に実体(有限な存在としての肉体)はないのですから、その御姿はあくまでも人々が描くイメージに過ぎませんが、だいたいは、稲を背負った白髪の老人の姿で描かれることが多いです。今回貼付の写真が稲荷神のその代表的な御姿で、この絵では、左手に丹塗の柄の鎌を持ち、右肩には天秤棒で稲を荷っています。五穀や食料を司る、すなわち「稲を荷う」農耕の神様として人々から信仰されてきた形態が如実に反映されている御姿といえます。

なお、稲荷神は、京都市伏見区に御鎮座する伏見稲荷大社総本宮とする神社神道系の稲荷神と、愛知県豊川市豊川稲荷を総本山とする仏教系の稲荷神に大別されますが(豊川稲荷は神社ではなく、妙厳寺という名の曹洞宗に属する寺院です)、神道系の稲荷神が前述のように稲を背負った老人の姿で描かれることが多いのに対し、仏教系の稲荷神は、インドの茶枳尼天(だきにてん)という女神と習合しているため、白狐に跨って空を飛ぶ天女の姿で描かれることが多いです。茶枳尼天は、もともとは、人の心臓や肝を喰う恐ろしい夜叉神でしたが、毘盧舎那仏(びるしゃなぶつ)に帰依してからは善神となり、日本に伝来されて以降は「豊穣の神」であるという一致から稲荷神と結びつき、仏教系の稲荷神の御祭神とされるようになりました。

神道系の稲荷神は、正式には宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)といい、もともとは京都の有力な豪族秦氏一族の氏神でした。昨年10月24日付の社務日誌「譽田別命」のなかで、八幡神は本来は宇佐という一地方の神様でしたが東大寺の大仏建立を機に全国へと進出しました、ということを記しましたが、稲荷神も八幡神同様に、当初はあくまでも一地方の神様で、全国的には無名の神様だったのです。しかし、平安時代の初頭に、稲荷神を氏神として奉斎する秦氏真言宗の開祖である空海に全面的に協力し、東寺建造用の木材を稲荷山から切り出して提供するなどしたため、稲荷神は東寺の守護神として祀られるようになり、以後、稲荷神は真言密教と強く結びつき、さらに仏教の現世利益の考えを取り入れ、仏教の庶民への浸透とともにその信仰を全国へと拡大していきました。

稲荷神は、本来は豊作の神様であることから、当初は農村を中心にお祀りされることが多かったのですが、やがて都市部へも急速に広がっていくようになり、大名屋敷や町屋にも勧請され、江戸時代には、比喩としては不適切で不敬な表現だと思いますが、数の多さの例えとして「町内に、伊勢屋、稲荷に、犬の糞」とまで云われるようになりました。稲荷神は、商業地域では商売の繁栄を約束する神様として、また漁村では漁業の神様として信仰されるなど、人々のあらゆる願いに応じたことによりその信仰は全国に拡大し、現在、稲荷系神社の数は全国におよそ3万2千社もあり、全国の神社のほぼ3分の1を占めており、神社の御祭神としては全国で最も多く祀られています(以下、八幡大神天照大神菅原道真公、という順番で多く祀られています)。

伏見稲荷大社以外の代表的な稲荷神社としては、茨城県笠間稲荷神社や、佐賀県祐徳稲荷神社などが挙げられ、この3社を「三大稲荷」と称することもあります。ただし、一方では伏見稲荷豊川稲荷最上稲荷を「三大稲荷」と称する場合もあり、「三大稲荷」とされる寺社は厳密には決まっていないようです。ちなみに、最上稲荷岡山県)は、「最上稲荷教総本山妙教寺」という名の寺院で、豊川稲荷同様、仏教系の稲荷神です。

なお、狐がいつ頃から稲荷神の神使とされるようになったのかは不明ですが、民俗学的には、春に山の神が里へ降りて田の神となり、収穫の終わる秋には山へ帰って行くという「山の神信仰」と、里に降りてきて穀物を食い荒らすネズミを捕って食べたりする狐の姿が重なって、神の使い(あるいは神の化身)と考えられるようになった、と云われているようです。

(田頭)