西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

神社と神職の数

昨日、神社新報社発行の「月刊若木」(神社本庁包括下の神社の神職全員に毎月郵送される本庁の機関誌)の最新号(7/1号)が家に届いたのですが、そのなか(P.29)に、平成17年12月末日現在のデータとして、本庁包括下の神社や神職の数の都道府県別一覧表が載っていました。しかし、この表にはただ数字が載っているだけで、その数字が弾き出されるに至った背景などの解説は一切ないため、僭越ながら今日は、私がこの表中に記されいる数字について解説させていただこうと思います。

この表によりますと、神社本庁包括下の神社は全国に79,051社あります。しかし残念なことに、この数字は毎年減少傾向にあります。とはいっても、これは本庁を離脱している神社が増えているということではありません。本庁包括下の神社数が減り、それに反比例して本庁包括外の神社の数が増えているというのであればそれは離脱神社が増えていることを意味しますが、現実には、本庁包括下の神社も、また他の包括団体に所属している神社も、そして単立の神社も、全ての神社の数が減少傾向にあります。

つまり、神社の数そのものが減ってきているということです。知名度の高い神社、観光名所になっている神社、初詣の参拝者が何十万人も訪れる神社など、規模の大きな神社はさらに勢いを増している(参拝者数や社入が増えている)所もありますが、それに対して、過疎地に鎮座する、神職が常駐していない神社などは、過疎化により氏子の数が激減し、神社そのものが維持できなくなり、その結果廃止されたり(法人を解散)、近隣の神社に合併されるといった事例が多くなってきているのです(神社を解散すると、それまでその神社でお祀りされていた神様はどこへいってしまうのか、という神学的な問題が生じるので、実際には解散よりも合併の形を採ることの方が多いようです)。

また、今回の「若木」には「統理が承認した神社事務」という表も載っているのですが(P.28)、この表を見てみますと、昨年度一年間、新たに設立された神社は全国で4社あるのに対し、合併した神社は全国で16社もあり、このことからも、神社の数はやはり微減傾向にあることが窺えます。ただし、この数字はいずれも「統理が承認した数」のみであり、本庁の包括下にない神社の数は、これ以上に激しく減っているものと思われます。今あえて“思われる”と書いたのは、その正確な数は私も把握しておりませんし、また把握しようもないからです。そもそも、現在、全国に何社の神社があるのかということは、誰も把握しておりません。法人格のない任意団体の神社や、小祠、邸内社などは宗教法人の所轄庁(国や都道府県)に設立を届け出る義務がないため、所轄庁においてもそういった法人格のない神社の数は全く把握できていないのです。

しかし、宗教法人格を取得している神社の数であれば、所轄庁でもその数は正確に把握できているはずなので、では、その数を以って現に活動している神社と判断できるのではないか、といえば、実はそうもいきません。というのも、法人格を取得している神社であっても、過疎地においては不活動宗教法人と化している神社も少なくないからです。既にそのお宮を守る人がいなくなってしまった神社では、登録上は現に宗教法人であるにも関わらず、既に何年も祭祀が行われていなかったり、社殿が倒壊してしまっていたり、酷い場合は、その神社がどこにあるのか鎮座地が不明になっている神社もあり、しかも法人を解散しようにも、責任役員がどこにいるのか(生きているのか死んでいるのかすら)わからないため役員会も開けず解散手続きも取れず、放置され続けているという神社もあるのです。

なお、これは本庁包括下の神社に限った数字ですが、都道府県別に神社の数をみると、最も神社の数が多い県は、新潟県(4,762社)で、以下、兵庫県(3,873社)、福岡県(3,324社)、愛知県(3,315社)、岐阜県(3,221社)、千葉県(3,147社)、福島県(3,040社)という順になっています。逆に、最も神社の数が少ない道府県沖縄県(11社)で、以下、少ない順に和歌山県(421社)、大阪府(571社)、北海道(603社)、宮崎県(653社)、青森県(737社)、山口県(737社)という順になっています。

沖縄県の神社の数が少ないのは、歴史的に当然といえます。明治5年の琉球藩設置(琉球王国廃止)、そして明治12年の鹿児島県編入琉球藩廃止)により、沖縄は完全に日本に組み込まれましたが(あまり知られてはいませんが、琉球藩が設置されたのは明治4年の廃藩置県よりも後のことです)、それまでの沖縄は、実質的には島津家(薩摩藩)と清王朝(中国)から二重の支配を受けていたとはいえ建前的にはあくまでも独立国であり、日本とは異なる文化や宗教を持った国であったため、日本の民族宗教である神道が根付いていないのは、ある意味当然といえます。

しかし、沖縄県の次に神社の数が少ない県が和歌山県というのは、少々不思議に思う人もいるかもしれません。紀伊国(現在の和歌山県全域と三重県の南部)といえば、熊野信仰の本拠地である熊野三山熊野本宮大社熊野速玉大社熊野那智大社)や、山岳修験道霊場・吉野、空海が開いた真言密教の根本道場・高野山など、平安時代からの神仏習合の信仰が深く根付いている地であり、その地に神社の数が少ないというのは意外ともいえますが、勿論これには理由があります。はっきり言ってしまうと、その直接の原因は、明治末期から大正初期にかけて政府と地方官により推進された神社合祀政策にあります。

神社合祀政策とは、維持困難な小規模神社や小祠を整理・統廃合することで神社の維持と威厳を維持しようとした国家(内務省神社局)の政策で、神饌幣帛料の供進問題も密接に絡んだため、この政策(神社の統廃合)は当時全国規模で推進され、その結果、全国に約20万社あった神社の数は大正3年には約12万社にまで減少してしまいました。このことからも、歴史や信仰を無視した、かなり過激な神社合祀政策が強行されたことが窺えます。そして、全国のなかでも特に激しい神社合祀の嵐が吹き荒れたのが和山県と三重県で、両県においては木材の売買による利権も絡んだため、境内の神木が次々と伐採され、各地で“鎮守の杜”が失われ、次々と神社が破壊されていきました。その結果、両県で1万社以上もあった神社の数は大正3年には僅か1300社程度にまで減少してしまったのです。

国や地方官の圧力により強制的に実施された、この神社合祀政策に強硬に反対したのが、日本を代表する博物学・細菌学・宗教学・民俗学の学者で「歩く百科事典」といわれた南方熊楠や、「日本民俗学の父」といわれた柳田國男らで、また環境保護の観点や、愛国心愛郷心や敬神崇祖の念の保持の観点からも、国の神社合祀政策に反対する声が次第に全国で高まるようになり、大正7年3月、ついに帝国議会で神社合祀令の廃止が満場一致で決議され、これにより神社統廃合の嵐はやっと止んだのです。しかし神社合祀政策により失われたものはあまりにも大きく、今日では、神道人の立場からも神社合祀政策は明らかな失策と評価されています。神社合祀政策については、また別の機会に改めて詳しく述べさせていただきます。

少し話しがそれたので戻ります。次に、神職の数についてみてみますと、神職の合計(平成17年12月末日現在の、神社本庁包括下の神社に所属する神職)は21,594人で、性別での内訳は、男性18,857名、女性2,737人となっています。女子神職の数が増えてきているとはいえ、この対比からは、神社の世界はやはりまだ男性中心の社会であることが窺えます。

都道府県別の内訳では、東京都(1,037人)が最も多く、以下、愛知県(916人)、大阪府(819人)、兵庫県(781人)、島根県(671人)、新潟県(668人)、静岡県(631人)という順になっています。逆に、最も神職の数が少ない道府県沖縄県(23人)で、以下、少ない順に福井県(200人)、佐賀県(200人)、富山県(228人)、徳島県(241人)、山梨県(253人)、高知県(263人)という順になっています。

(田頭)