西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

神社とインターネット

読売新聞の昨年12月16日付の夕刊に、「ネット参拝は是か非か、初詣で前に揺れる神社界」というタイトルの記事が掲載されました。以下にその記事を転載させていただきます(但し、神社名、人名、一部の地名はアルファベットに置き換えさせて戴きました)。

初詣でシーズンを前に、インターネット上で「参拝」「祈願」ができたり、お守りやお札を販売したりする試みを巡って、神社界が揺れている。

全国約8万か所の神社を管理・指導する神社本庁(東京)は、「ネット上に神霊は存在しない」と、今年初めて自粛を求める通知を出した。しかし、導入している神社からは「神社に親しみを持ってもらえる」「遠方の人の助けになる」との声もあり、本庁では頭を抱えている。

地元で「安産の神様」として知られる高知県N市のN神社。ホームページで「インターネット参拝」を選ぶと、「ネット記帳」の欄が表示される。願い事を書き込み、「私のお願いをよろしく」というボタンをクリックすると、神社に電子メールが送信され、無料で祈願してもらえる。M宮司(64)は「遠隔地でお参りできない人にも神社を身近に感じてもらえる。メールがきっかけで、直接参拝につながる例も多い」と話す。正月には毎年、全国から数十人のネット参拝者がいるという。

ほかにも、メールを受けて有料で祈願し、後日、お札などを郵送する「ネット祈願」や、ネット上でお守りやお札を買える神社も、数年前から登場している。こうした動きに、神社本庁は今年7月、「信仰の尊厳を損ないかねない」と、全国の神社に自粛を求める異例の通知を出した。本庁のS調査課長は「神霊は神社という場所や空間に鎮座するもので、足を運んでもらうのが基本。ネットの有効性は認めるが、仮想的、疑似的な側面が広がりすぎると、本来の信仰の形が崩れる」と説明する。

だが、通知後も推進派は少なくない。10月からネット上でのお守り販売を始めた東海地方の神社の宮司は「地方の小さな神社にとってネットは有力な手段。ネットだから心がこもっていないとは言えないはず」とし、メールでの祈願を受け付ける関東地方の神社の宮司も「海外から、お守りを分けてほしい、というメールも来る。営利目的ではなく、信仰の尊厳を傷つけているとは思わない」と話す。

これまでも、病人などには電話や手紙でお守り、お札の販売を受け付ける神社は多く、「手紙はよくてメールはダメというのはおかしい」という意見もある。本庁では、研究を重ね、来年にはネット利用の指針か報告書を出す方針だ。

I国学院大教授(宗教社会学)は「お札だって木や紙に印字したモノであり、どこに神聖性を見いだすかは受け手の判断によっても変わる。技術は日々進歩し、一律の統制は難しいが、指針を作るなら、“尊厳とは何か”という視点を踏まえつつ、現場の神職や氏子の意見も取り入れるべきだ」と話している。

上記の記事中に『神社本庁は今年7月、「信仰の尊厳を損ないかねない」と、全国の神社に自粛を求める異例の通知を出した』とありますが、その通知「インターネットに関はる神社の尊厳性の護持について」(神社本庁総長名・都道府県神社庁長宛)も、併せて以下に転載させて戴きます。

近年、情報通信技術の発達に伴ひ、神社においても、インターネット上にウェブサイトを設けて、広報活動を行ふことが一般化しつつあります。インターネットは、極めて利便性の高い、効果的な機能を具へてゐる反面、仮想的、擬似的な性格を有してをり、神社の信仰面に関はる利用にあたつては、充分な注意が必要となります。

しかるに昨今、一部の神社のウェブサイト上には、参拝或いは神符守札の頒布等、神社の信仰面において、その尊厳性を損なふやうな事例が散見され、他の神社に及ぼす影響も看過し得ない状況となつてをります。かかる事態は、インターネット利用による神社の信仰面への影響を顧慮せずに、利便性、機能性のみを追及することに起因するもので、その結果、却って氏子・崇敬者の信用を失ふことになりかねないものと危惧されます。

今後、神社におけるインターネットの利用がさらに盛んになることを期待するものではありますが、くれぐれも神社本庁憲章に謳はれた神社の本義及び神職の使命を自覚し、関係規程の遵守のもとに適正な利用が図られるやう、左の事項に留意戴き、然るべく指導の程、お願ひ申上げます。

一、インターネットに関はる神社の尊厳性の護持上、問題となる事項

(1)社会一般の健全な信仰を害する、いはゆる「バーチャル参拝」のやうなインターネットを通じた拝礼等の行為を勧奨すること。

(2)祈願は参拝を以て行ふという原則にもとる、願主の参拝を伴はない祈願の執行を「通信祈願」等と称してインターネット上で日常的に喧伝すること。

(3)神符守札は社頭で頒布するといふ原則にもとる、神符守札を一般商品(課税物品)販売と同様にインターネット上で頒布すること。

以上

前出の読売新聞の記事と上記の本庁の通知をお読み戴ければ、現在神社界で論議されているインターネットを巡っての神社の尊厳性護持についての問題の概要が、だいたいは理解して戴けるかと思います。改めて、何が問題になっているのかを簡潔にまとめると、要は以下の3点です。

① パソコンの画面上に表示された社殿や御神座の前でのバーチャル的な参拝(例えば、画面上のボタンをクリックすることで鈴緒を鳴らしたり拍手を打つなどして参拝すること)は、健全な信仰を害するのでやめましょう。

② 神様への祈願は、願主が実際に神社に行って行うのが本義(本人が直接神社に参拝すべき)です。神社のHPなどを通して、願主本人に成り代って神職がそれを代行する「通信祈願」等の宣伝を行うのはやめましょう。

③ 神符守札は神社の社頭にて頒布すべきものであり、一般の商品のようにネット上で通信販売をするのは好ましくありません。例えば神社のHPで、その神社の授与品の名前や写真が表示され、それに加え「メールでお問い合わせ下さい」と表示されていたり、もしくは「申し込みフォーム」がある程度なら差し支えないかもしれませんが、さすがに、「通信販売」もしくは「オンラインショッピング」などという文字が露骨に表示されていたり、カートやカゴの中に画面上の授与品をクリックして入れるなどの商用ページの仕掛けがそのまま流用されているページは、神社の尊厳性という観点からは問題があります。

但しこの3点に対しては、神社界では「当然のことだ」という賛同意見もある反面、「承服しかねる」「現実を無視している」といった反対意見も根強く、現職の神職達により運営されている某メーリングリストでは、むしろ賛成意見よりも反対意見の方が上回っています。それ故、前出の読売新聞の記事では「神社界が揺れている」と表現しているのです。

しかし、この件が神社界の一部において活発に議論されているのは確かに事実なのですが、私の周りに限っていえば、神職同士が集まった場においてこの件が話題になったことは一度もないので、流石に「神社界が揺れている」と表現するのは、やや言い過ぎな気もします。ネットを積極的に活用している神社ではこういった問題に対しても関心は高いのですが、現実には、HPを持っていない神社や、そもそもパソコン自体を全く使っていない神社もまだかなり多いため、神社界全体を巻き込んでの議論には発展していないのです。

実際の所、ネットと神社の尊厳性の護持についての問題は、今に始まったことではなく、かなり以前から多くの神社関係者から指摘はされていました。私もときどき他所の神社のHPを拝見させて戴くことがありますが、HPによっては、マウスでクリックして画面上の鈴緒を鳴らして参拝したり、画面上で絵馬に願意を書き込んで奉納するなど、明らかにバーチャル参拝の形式を採っているページがあり、また、画面上の授与品をマウスでドラッグしてカートに入れるなど、授与品を一般の通信販売とは何ら変わらない方法で販売しているページなども見受けられ、正直「これはあまり神社らしくないな…」と違和感を感じることがあります。ネット祈願やネット授与などは、この傾向がエスカレートしていくと、そのうち玉串料をクレジットカードなどのオンライン決済で収受したりするといった事態まで起きてしまうのでは、と不安になってしまいます。

しかし、だからといってそれらの禁止を一方的に謳った、先に紹介した神社本庁の通知が正しいのかというと、既に述べたようにこれに対しては現場の神職達から多くの反論・異論が寄せられています。本庁側は、「ネット上に神霊は存在しない。ネット参拝は神社の存在の否定につながる」「神霊は神社という場所や空間に鎮座するもので、足を運んでもらうのが基本」との見解を示していますが、この見解に対しては、現場の神職達からは「神道では山川草木あらゆるものに神霊が宿っていると解釈しているのに、ネットにだけ神霊が存在しないというのはおかしいのではないか」「パソコンの画面そのものに拝礼するのではなく、パソコンの画面を通して神社に遥拝するという意味で拝礼するのであれば問題ないのではないか」といった反対意見が寄せられています。

また、本庁が避けるべきとしているネット祈願に対しては、現場の神職達からは「ネット祈願ならば、誰にも知られたくない、あるいはちょっと恥ずかしいお願いでも、自由に何度も記帳して貰える」「ネット祈願を禁止するなら、遠隔地にお住まいの方や身体の不自由な方で神社に参拝することができない方はどうすればいいのか」「郵便、電話、FAXといった通信媒体を使って御祈祷の受付をしている神社は現実に多い。郵便や電話、FAXは問題ないのにネットだけ禁止というのは理解しかねる」といった反対意見が寄せられています。

こういった反論に対して、本庁側は「参拝客減はどの神社にとっても苦しい問題で、危機感があるのはよくわかる。しかし、ネット参拝を認めてしまうと、神社が何でもありの安売りスーパーみたいになる。信仰の尊厳を失いかねない」と再反論しています。

神社本庁包括下の神社は約8万社といわれていますが、その約8万社のうちHPを運用している神社はまだ全体の一割にも達しておらず、しかも、HPは公開していても現実には全く更新しておらず何年間も放置されたままの状態となっているHPも相当多いのが現実です(例えば、北海道神社庁札幌支部管内の神社は約80社ありますが、そのうちHPを持っている神社は当社を含めて10社だけで、しかもその中には全く更新されていないHPも少なくありません)。つまり、本庁のこの通知は、厳しい言い方をすると、大多数の神社にとっては実は「どうでもいいこと」であり「関係のないこと」なのです。

そして、神社本庁や各神社庁において、オエライさん達が神社でのネット利用の是非をいくら真剣に論じても、それを論じている当人達の多くが実は日常ではネットとほとんど関わっていなかったりもします。通知を出す側と通知を受ける側とでは、意識の中で大きな乖離があるのは否定しようがないのです。そういった現実を考えると、この問題の結論が出るのは、まだ当分先のことになりそうです…。

(田頭)