西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

神道と塩

塩

日本では昔から、塩は“お祓い”や“お清め”によく使われてきました。例えば、(こういった場は現実にはなかなか見ないもののドラマや時代劇などでは今でも時々見受けられますが)嫌な来客があった時には、そのお客が帰った後に、家主や店主などは他の家族もしくは使用人に対して「塩撒いておけ!」と言って玄関から外に向かって塩を撒かせたりします。

また、これは現在でも実際に多くの方が行っていると思いますが、葬儀に参列し終えて家に帰ってきた時は、家の中に入る前にまず塩を自分の身にかけて、身を清めてから家の中に入ります。当社に郵送で納められるもの(例えば古い人形など)も、箱を開けてみるとそれらに塩がかかっているのはよくある事で、神社に発送する前に“お清め”として塩をかけた事は明らかです。他にも、神社で行うお祓いでも塩湯(えんとう)という塩水が使われる事があり、塩は現在でも“お祓い”や“お清め”には必須のアイテムとしてよく使われています。

では、なぜ塩は“お祓い”や“お清め”に使われるのでしょうか?なぜ、砂糖や小麦粉ではダメなのでしょうか?それは、長期保存する食べ物の腐敗を防ぐために日本では古代から塩が使われてきた事からも分かるように(塩漬けなど)、塩には優れた浄化力や殺菌力があるからです。昔の人達は、塩には特別な力がある事を日常の生活から知っていたのです。

また、そういった実際上の理由だけではなく、神話(古事記日本書紀)には「死者の国である黄泉の国から戻った伊弉諾尊(いざなぎのみこと)は、日向の阿波岐原の海で、自分の体に付いた黄泉の国のケガレを祓うため海水に浸かって禊祓いを行った」と記されており、この故事(神話的な起源)から、潮水である海水を浴びて身を清めたり、その潮水を用いた塩湯がお祓いに使われるようにもなっていきました。

ところで、仏教の一部の宗派では、葬儀を終えた後に“お清め”として自分の身に塩をかける古来からの伝統的な習慣を、「それは死者を穢れたものとして見ている証であり、死者を冒涜している」などと言って非難し、信者さんや檀家さん達に「清め塩の習慣は差別に結び付くのでやめましょう」と呼びかけている所もありますが、それは明らかな誤解であり、そもそも神道では、死者や葬儀そのものを穢れたものとして見ている訳ではありません。

神道では、死に及ぶ病気・事故等の経過や、それに起因する悲しみ、苦しみ、寂しさなどを禍事(まがごと)としてケガレと捉え、また、人が亡くなって嘆き悲しみ「気」が「枯れてしまった」状態を「気枯れ」と云って、その気が枯れた特別な状態から元の清浄な日常に戻るための“お清め”として、清め塩を用いているのです。清め塩の本質は、こういったケガレを祓うものであり、死者や遺体を穢れたものとして見たり、死者を差別したり冒涜したりしている訳では決してありません。

(田頭)

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