西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

神職の斎戒について

神職が、祭祀を奉仕するに当たって特に重んじなければならないのは斎戒(さいかい)で、斎戒については、平成18年9月4日付の記事でもその概要を紹介させて頂きましたが、あの記事を書いてから既に4年以上も経っているので、今回は改めて斎戒について、解説をさせて頂きます。

斎戒とは、簡潔にまとめると、「祭祀に臨んで、居室を別にし、衣服を改め、飲食(飲酒・肉食等)や動作(会葬・病気見舞い等)、不浄な思いや言葉などを慎んで、心身を清めること」です。ちょっと強引になってしまいますが、更に短く一言でまとめると、斎戒とは「つつしみ」とも言えます。

下の写真は、某神社の社務所にて、節食をして言葉も慎みながら湯茶を飲む神職達の様子で、これも斎戒の一例といえます。(この写真は、平成21年に某神社で開催された、北海道神社庁主催の研修会で撮られたものなのですが、研修中は事実上斎戒と変わらない生活だったので、斎戒のイメージ写真としてここに掲載させて頂きました。)

湯茶を飲む神職 (斎戒の一例)

斎戒についての規程は、今から凡そ1300年も前に遡る事ができ、奈良時代に制定された養老の神祇令(じんぎりょう)には、「凡そ一月の斎を大祀と為し、三日の斎を中祀と為し、一日の斎を小祀と為す」とあり、当時は、大祀の場合は1ヶ月間もの斎戒を行う事が規定されていて、斎戒は現在よりもかなり厳重に行われていました。

当時の斎戒は散斎(あらいみ)と到斎(まいみ)に区分され、唯一の大祀である践祚大嘗祭天皇の代替わりにおける皇位継承儀礼)の場合、軽い物忌である散斎は1ヶ月、重い物忌である到斎は3日と規定され、到斎では只管祭祀にのみ専念すべきとされていました。ちなみに、散斎では、死者を弔う事、病人を訪ねる事、獣肉を食する事、罪人を裁く事、処罰する事、音楽を奏でる事を禁じた所謂「六色の禁忌」が定められており、これを犯した者は罰せられる事になっていました。

以下は、神社本庁が定めている斎戒に関する現行の規程で、前出の神祇令の精神はこの規程に継承されており、神明奉仕する者はこの規程を努めて守るようにしなければならないとされています。とはいえ、現在の神職は昔とは違い、只管神事のみに関わっていればそれで良いという訳ではないので、さすがに数日間にも亘る厳重な斎戒を行う事は現実的とは言い難く、そのへんの事情は考慮した内容(つまり昔ほどは厳しくない定め)になっています。


斎戒に関する規程 昭和四十六年六月十五日 規程第九号

凡そ神明に使へる者は、浄明正直を旨とし、恭敬の誠を致すことを常道とし、祭祀を行ふに当つては、特に斎戒を重んじ、その精神の徹底をはかり、禁忌を慎み、過失遺漏のないやうにつとめなければならない。

一、祭祀に奉仕する者は、大祭、中祭にはその当日及び前日、小祭にはその当日斎戒するものとする。祭祀に参向する者も、亦これに準ずる。

一、斎戒中は、潔斎して身体を清め、衣服を改め、居室を別にし、飲食を慎み、思念、言語、動作を正しくし、汚穢、不浄に触れてはならない。

一、斎戒に関し、一社伝来の慣例等がある場合は、これによる。

附則 この規程は、昭和四十六年七月一日から施行する。


ところで、神社関係者であっても、「斎戒」と「潔斎(けっさい)」という言葉の区別がついていない方がたまに見受けられますが、潔斎とは、水または湯によって心身を清める沐浴の事で、斎食や斎宿などと共に、いくつかある斎戒の所作の一つであり、冷水を浴びる潔斎の場合は、禊とほぼ同義と言っても差し支えないと思います(厳密にはちょっと違いますけど)。湯によって心身を清める潔斎の場合、入浴と混同される事もしばしばありますが、勿論、潔斎と入浴とは違います。

入浴も、身体の穢れを洗うという意味では潔斎の一種としても理論上間違いではないと思いますが、潔斎はもっと儀式的に行うものであり、そもそも、本来は潔斎場と風呂場は別々であるべきで、今でも古儀を守っている神社の潔斎場には湯船はありません。潔斎は、入浴とは水も別、火も別、手拭も別、桶や柄杓も別で、かかり湯もしくはかかり水を行い、湯船に入ったりはしないのです(湯船に入ると、垢を落とす事はできますが、それを流してしまう事はできません)。しかし現実には、潔斎場と称している一室を設けている神社でも、その潔斎場の実態は風呂場、という場合が少なくないようです。なお、天皇陛下は、大嘗祭では、天羽衣という白い御帷を召したまま、お湯を浴びられるそうです。

以下は、國學院大學の教授・神道学専攻科長、神社本庁常任講師、神道宗教学会会長、元伊勢皇大神社宮司などを歴任された小野祖教先生が著された『神道の秘儀(下)』という本からの転載で、愛知県内に鎮座する某神宮の神職さんが語ったものとして紹介されていた、斎戒の注意事項です。本庁が定めた前出の「斎戒に関する規程」よりも、かなり詳しく、且つ具体的に書かれています。また、冒頭の≪潔斎について≫の項は、前述の、斎戒・潔斎・入浴との違いをはっきりと認識した上で読むと、更に理解が深まるかと思います。


≪潔斎について≫
【1】 手拭は白。できれば新しいもの。
【2】 潔斎には石鹸を使わない。石鹸を使う場合は入浴である。
【3】 潔斎場ではしゃべらない。
【4】 湯槽に入らない。水なり、湯なりを桶に汲んで、浴びるが本義である。

≪白衣について≫
【1】 白衣は普通、斎戒の服であるから、境内外へ出る時は服装を改める。
【2】 白衣の上に羽織を着るのは本義でない。
【3】 祭典の時の白衣、襦袢、足袋、下帯等は社務所常用のものと区別するのが正しい。
【4】 白衣の洗濯と、平服の洗濯とは、タライ、竿など一々別にする。洗濯機などを使う場合、やむを得ない時は、平服用のものは後に廻す心掛けが欲しい。

≪参籠蒲団≫
参籠の時の布団は、宿直用と区別しなければならない。生地は白が望ましい。敷布、枕覆は、必ず新品、若しくは洗いたてのものを用いる。

≪別火≫
【1】 参籠の時の食事は、別火で炊く。湯茶も同様。食器、湯茶器も別のものを用いる。
【2】 魚な白味のもの。鳥肉もよい。獣肉は不可。ネギ、ニンニク、その他刺戟性のものは用いない。
【3】 原則的には節食する。腹をこわさない要心である。
【4】 参籠中は湯茶を接する。遷座等長時間にわたる祭典の前に、餅を食べると、小用が遠くなると聞いている。

≪娯楽を禁ずる≫
参籠中は新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、囲碁、将棋、マージャン等は遠ざける。精神修養、神道研究等の書物を読むこと。習字、作歌、漢詩等はよい。

≪外出≫
参籠中は外出できないから、あらかじめ用たしをし、所用のありそうな向には、あらかじめ知らせておく。電話もなるべくかけない方がよい。


また、同書には、某神社の宮司さんからの寄稿として、その宮司さんが毎年6月の例祭に先立って一ヶ月間行っている斎戒の具体的な内容も、以下のように紹介されていました。この厳しい内容の斎戒を実際に一ヶ月も行っていたとは、…頭が下がります!


奉仕神職にとって、例大祭は、特に重儀である。神徳を宣布する好機である。更に、年間蒙り奉る恩頼に心から奉謝する時でもある。万般にわたり、遺漏なきを期せねばならぬ。謹慎の上に、更に謹慎を重ねねばならぬ。そこで、約一ヶ月前から、通常と違った生活を送るようになる。

≪1≫ まず第一に飲食の禁忌。
それは、原則として、社務所で烹炊きしたもの以外は、飲食しないことであり、飲食物の中、左記のものは、食べないことである。
四つ足の類(豚、牛等)。臭気の強い植物(ねぎ、玉ねぎ、にら等)。外国渡来の食品(西洋料理、支那料理等)。酒。タバコ。鯨。
総じて、神饌として奉る事のできる食品は、これを飲食する事ができるが、神饌として献る事のできない食品は、これを飲食しないお約束になっている。だから、精進といっても、魚、鳥は、これを食する事ができる。(勿論、暴飲暴食をつつしむ事は、当然である。酒は、神前に献るが、神主家はこれを飲まぬのが、当社のしきたりになっている)

≪2≫ 汚穢、不浄等に触れないようにつとめる事。
中でも喪に与る事は、堅く禁じられている。斎戒中は一切、葬儀に関係しない事に定められている。だから、止むを得ず弔問せねばならぬような場合は、必ず代理人を参向させる。

≪3≫ 言語を慎む事。
死、喪等に関することば、あるいは汚穢、不浄、不快な感をおこすようなことばを極力避けていわぬようにする。また、上記に関する話題を避けること。

≪4≫ 潔斎をすること。
潔斎は、斎戒の中心であって、朝夕沐浴潔斎をすること。

≪5≫ 居室を別にすること。
期間中、宮司は社務所の一室を斎室と定め、室の四囲に注連縄を回らし、斎宿(おこもり)する。

≪6≫ 古典を読むこと。
毎日、わずかなの時間であっても、必ず「古事記」「日本書記」「祝詞式」等の古典を読むこと。

≪7≫ 祭典準備に専念すること。
前年度例大祭記録(あるいは前々年)等を調査し、次の順序で浄書を行う。
神饌調理帳(一冊)。祝詞・祓詞・祈願詞(約二十数通)。祭式次第書及祭員所役表(一冊)。調度祭器具装束控、及社頭装飾舗設次第書(一冊)。祭務日程表及び職務分担表(一冊)。案内状発送控(一冊)。神楽その他神賑行事に関する件(一冊)。神幸祭に関する件(一冊)。(追而、祝詞は、毎年これを作成する)


また、同書には、全国の神社が本宗と仰ぐ伊勢の神宮では以下のような斎戒を行っている事も紹介されていました。但し、神宮には、斎戒に関しては不文律の注意事項が沢山あるようで、以下はその一部に過ぎません。


斎館に入る時は、上から下まで、全て白いものに着替える。白衣、白袴、白足袋、下駄の鼻緒はもとより、襦袢や褌、手拭に至るまで全部白にする(手拭は線一本入っていない真っ白いもの使う)。自宅から白いものを着て来ても、斎館に入ると新しいものに着替える。

潔斎では、石鹸は使わない。静かにかかり湯をする。かかり湯を行う時は、絶対に手を入れたり、手拭を突っ込んだりしてはいけない。必ず柄杓を使う。

大便所に行ったら必ず潔斎のやり直しを行う。小便所に行った場合は、便所の中で一度、外にある手水でもう一度、計二度手水を使う。


また、ここでは具体的な神社名は伏せますが、神社によっては以下のような斎戒も行われています。


17年に一度行われる、某神社御殿下の御神秘の修理では、50日の斎戒を行い、祭器具、風呂、食器等を全て新調し、また、1日に3回塩水を飲み、腹中まで清掃する。

某神社では、神職だけでなく氏子中も、祭りの期間は皆、髪や爪を切らず、死を弔わず、病を問わず、穢物を洗わず、竹木を切らない。

某神社では煤払いの時、宮司は2日前から斎戒に入り、これよりは一切無言となり、当日、御内陣に入って御神座のお煤払いを終えるまで口をきかない。

某神社では、平素でも肉食(牛肉)は禁じられており、鯰を食べる事も禁じられている。潔斎は毎朝行う。別火の火は、石と金を打ち合わせてつくり、ガマの穂で調整したハンヤというホクチを用いる。


私も、可能であれば、こういった厳しい斎戒を行った上で神事に臨みたいです。しかし現実には、大祭の前ともなれば大抵はどの神社も社務は多忙を極め、神職といえども神事以外の各種の俗事に関わらざるを得ないので、大祭の数日前もしくは前日から外界との接触を完全に断ち切るなどという、理想的な形での斎戒を行う事は、残念ながら現状ではほぼ不可能です。また、前出の本庁の規程には、「祭祀に参向する者も、亦これに準ずる」とありますが、献幣使や参列者まで前日から参籠するなどというのも、施設等の関係からも普通はほぼ不可能であり、厳密な斎戒を行いたくても、実際には“心の斎戒”しかできない、というのが実情といえます。

とはいえ、そういった現状を言い訳にして、斎戒を御座なりにする事は、勿論良い事であるはずがありません。神事の前には、今自分が出来うる範囲内で最も重いであろう斎戒を行う、という心構えは常に持っていたいものです。例えば、ある兼業神職の方は、普段は一般の会社で働いているため、大祭の前といえどもいつも通り会社に出社しなければならず、社務所の一室に籠って斎戒をする事などはできないのですが、それでも、大祭の前は、神社の別火で沸かした湯茶を入れた水筒を持って出社し、会社で何かを飲む時は、他の人達がコーヒーやお茶を飲んでいても、自分はその水筒の湯茶だけを飲むようにしていたそうです。その人が神職であると知られている場合は、そういった態度は周囲も十分理解してくれるはずですし、こういった心掛けは私も見習いたいなと思います。


(田頭)

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