西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

京都國學院普通課程の学生が行う日々の実習

今年に入ってから、「神職養成所の学生達は、神社で日々どのような実習をするのでしょうか?」という問い合わせを2件受けたので、今日の記事では、神職養成所に在学する学生達が実習先神社で行う社務実習の様子を、写真と共に紹介させて頂きます。興味のある方は参考にして下さい。

神職養成所 入学案内

なお、ここでいう神職養成所とは、全寮制・2年制で、卒業時に正階が授与される神職養成機関、つまり「神職養成機関普通課程II類」の事で、具体的には、「志波彦神社・鹽竈神社神職養成所」「出羽三山神社神職養成所」「神宮研修所」「熱田神宮学院」「京都國學院」「大社國學館」の6校に開設されている普通課程の事を指します。上の写真(クリックすると拡大表示されます)は、これら6校の入学案内・要項等です。
正確には、「國學院大學 別科神道専修」も神職養成機関普通課程ですが、國大別科の場合は、実習神社も学生が寄宿する場所も学生毎に分散するため、特定のひとつの神社と常に不可分な関係を有している他の養成所とはその性格が異なっており、國大別科が所謂神職養成所という言葉の範疇に含まれるのかどうかは、見解が分かれるところです(あくまでも「神職養成所」としての範疇、という意味であり、國大別科が、多くの有能な神職を世に輩出してきた優れた「神職養成機関」のひとつである事は勿論間違いありません)。

なお、今回の記事で紹介するのは、いずれも、私が京都國學院普通課程第97期生として同学院に在学していた平成14〜15年度にかけて(つまり今から13〜14年も前)の、同学院院普通課程での石清水八幡宮に於ける実習内容であり、他の養成所に於いては当然実習内容が異なってきますし、京都國學院に於いても、その当時からは十数年もの年数が経っているため現在は異なっている部分が少なからずあるであろう事を、予め御承知おき下さい。


私自身が学生だった時に経験した社務実習は、境内各所の掃除や物運び、封筒折りや各種資料のホチキス留め、祭事・行事等でのテント張りや会場の設営・撤去等の様々な雑用から、直接神事に関わる事、例えば、祭員や伶人雅楽を演奏する所役)としての奉仕、神饌の盛り付け、神札の調整、紙垂折りなどに至るまで、その内容は多岐に亘っていました。

以下の写真2枚は、いずれも雑衣(上下が白色の作業服)を着て実習を行っている写真で、1枚目は、石清水八幡宮本殿裏の、摂社・末社などが建ち並んでいる所を掃き掃除している様子で、2枚目は、男山の山中に生えている竹を切りに行った際にたまたま同宮参道で撮った写真です。
2枚目の写真では、学生達がポーズを付けたりしていて、ややおちゃらけている感がありますが、これは卒業式の2日前、最後の実習を終えた際に記念に撮られたもので、当然の事ながら、通常はもっと緊張感をもって実習に臨んでいます。

石清水八幡宮での神務実習(本殿裏の掃き掃除)

石清水八幡宮 参道

ちなみに、今回の記事では、学生達が雑衣を着ている写真は上の2枚くらいで、あとはいずれも白衣・白袴を著けて実習を行っている写真ばかりですが、私の実感としては、実習中は、白衣・白袴姿よりも、雑衣を着て作業を行っている事のほうが多かったです。境内の掃き掃除くらいなら白衣・白袴でも十分なのですが、本格的な掃除や、物を運んだりする場合などは、やはり白衣・白袴では不便ですからね。
そうであるにも拘わらず、今回の記事ではなぜ雑衣姿の写真が極端に少ないのかというと、その理由は明白で、学生が雑衣を着ているのは当たり前の日常過ぎて、当時はあえて誰もその姿の写真を撮ろうとはしなかったためです(笑)。
なお、この上下白色の作業服の事を、関西圏では主に雑衣(ざつい)と呼んでいる事が多かったですが、当社の門出仕から聞いた所、彼が実習していた東北の神社では作務衣(さむえ)と呼んでいたそうです。また、北海道の神社に於いては、雑衣の上(上着)を着る事はよくありますが、下(ズボン)を履く機会はあまり無く、上の部分のみを「上っ張り」と呼ぶ事が多いです。


以下の写真2枚は、白衣・白袴で境内の清掃を行っている様子です。
1枚目の写真は、本殿前を竹ボウキで掃いているところで、2枚目の写真は、楼門上を履くために上った楼門から下へと降りているところです。
なお、本殿周辺は、毎朝朝拝前に掃除しますが、落ち葉が多い時期などは、朝拝後の実習時間中にも改めて本殿周辺を掃く事があります。また、回数的にはあまり多くはありませんが、本殿周辺以外にも、表参道や裏参道山麓の頓宮周辺や、境外摂社の狩尾神社周辺などを掃きに行く事もあります。

石清水八幡宮での神務実習(楼門前の掃き掃除)

石清水八幡宮での神務実習(楼門屋根の掃除)


下の写真は、本殿近くの西勤番所という殿舎の中で、紙垂(しで)折りをしているところです。
境内の掃除と紙垂折りは実習の基本なので、これらは京都國學院に拘わらず、どこの神職養成所の学生達も実習で行っているはずです。

石清水八幡宮での神務実習(紙垂作成)


下の写真は、総門近くの供御所という殿舎の中で、小箱神饌を作っているところです。
ここで準備・奉製された神饌は、本殿で御祈祷を受けられた参拝者の皆様方に、撤下神饌として授与されます。

石清水八幡宮での神務実習(供御所)


下の写真は、総門の開門時刻(4〜9月にかけては午前5時、10月のみは午前6時、11〜3月にかけては午前6時半)に合せて、本殿廻りの回廊にある太鼓を叩いている様子です。この役は、1日交代で回ってくる「当直見習い」という当番に当たっている学生が行っていました。

石清水八幡宮での神務実習(本殿での号鼓)


以下の写真2枚は、東勤番所(授与所)に詰めている様子で、これも、前出の「当直見習い」に当たっている学生の役割でした。

石清水八幡宮での神務実習(授与所)

石清水八幡宮での神務実習(授与所)


以下の写真3枚は、祭員として石清水八幡宮での祭典で奉仕した時の様子です。
1枚目の写真は、小祭(毎月1日に斎行される月始祭、毎月15日に斎行される月次祭、毎月19日に斎行される厄除交通安全祈願祭のいずれか)で参進している様子、2枚目の写真は、厄除交通安全祈願祭で大祓詞を唱えながら祈祷木(護摩木)を神火に投げ入れているところ、3枚目の写真は、大祭である新嘗祭を奉仕した時の様子です。

石清水八幡宮での神務実習(祭員奉仕)

石清水八幡宮での神務実習(祭員奉仕)

石清水八幡宮での神務実習(祭員奉仕)


以下の写真2枚は、伶人とし石清水八幡宮での祭典で奉仕した時の様子です。
私が在学していた当時は、2年生が祭員として奉仕し、1年生は原則としてお宮で祭員として奉仕する事はありませんでしたが(学校での祭典では1年生も祭員として奉仕していましたが)、2学期からは、1年生も伶人として奉仕していました。但し、当時とは違い近年は学生の人数がかなり少ないため、昨今はもう1年生の時から祭員として奉仕する事もあると思います。

石清水八幡宮での神務実習(伶人奉仕)

石清水八幡宮での神務実習(伶人奉仕)


ちなみに、実習中の写真がなぜこのように何枚もあるかというと、寮生活ではいくつも係があったのですが(会計係、祭儀係、物品係、ジュース係、保健体育図書係など)、そのなかのひとつに写真係という、写真の撮影と販売を担当している係があったためです。
学生が石清水八幡宮で祭典奉仕をする時や、他所の神社に奉仕(助勤)もしくは見学へ行く時、写真係は必ずカメラを持っていって適宜撮影し、後日その写真を学生に販売し、学生が払った写真代金は学生自治会自治会費に入っていました。

当時、デジカメも既に登場はしていたものの、まだフィルムカメラのほうが多く使われおり、携帯電話にもデジカメは搭載されていない機種のほうが多かったですが、今は、当時とは違って誰でも自分のスマホでその場で直ぐに写真が撮れるので、今はもう写真係なんて無くなっているのかなと思いきや、先日、京都國學院の在校生に確認をしてみたら、カメラ係と名前は変わっているものの今もこの係は残っているそうです。


(田頭)

人気blogランキングへ