西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

震災から6年が経った岩手県沿岸部の現況

東北魂

東日本大震災の発生から、今日で丁度6年が経ちました…。

平成23年3月11日午後2時46分、東北地方の三陸沖・牡鹿半島の東南東約130km付近を震源とする、国内観測史上最大となるマグニチュード9.0(最大震度7)の「東北地方太平洋沖地震」が発生し、同地震に伴って発生した大津波青森県から千葉県にかけての太平洋沿岸を襲い、特に東北地方の太平洋岸一帯に壊滅的な被害をもたらし、更に、その影響により原子力発電所でも大事故が発生し、これら一連の被害は、「千年に一度の大災害」「前代未聞」「想定外」「未曾有」などと称される極めて甚大なものとなりました。

死者は15,893人、行方不明者は2,553人、建築物の全半壊は約40万戸にも及び、特に、岩手・宮城・福島の東北3県に被害が集中し、これら3県では、電気・ガス・水道などのライフラインや、港湾・道路・鉄道などにも壊滅的な被害がもたらされました。
震災から6年が経った今も、依然として約123,000人もの被災者が全都道府県に散らばって避難生活を送っており、また、東北3県の仮設住宅には、約34,000人の被災者が暮らしています。しかも、災害公営住宅(復興住宅)の建設や宅地造成の遅れ、原発事故の影響、高齢化率の上昇などにより、被災者の皆さん方の避難生活は更に長期化する見通しです…。

神社関係でも、東日本大震災地震津波によって、約300社で本殿・幣殿・拝殿などの主要建造物が全半壊し、社務所・鳥居・灯籠・その他の建物や工作物の損壊も含めると、1都15県の約4,500社が被災しました。

私は、今週の火曜日と水曜日に神社から連休を頂いたのですが、今回はその二連休を利用して、妻と共に東北地方(主に岩手県三陸海岸と、同県内の遠野)を車で旅行してきました。
東日本大震災の発生から今日で丁度6年を迎えた事に因み、本日の記事では、その旅行で私が見てきた同震災関係の遺構や復興の様子などを写真と共に紹介させて頂きます。


先ず最初に紹介するのは、岩手県宮古市田老地区で見学してきた、震災遺構の「たろう観光ホテル」です。
以下の写真4枚が、そのたろう観光ホテルで、震災前までは普通にホテルとして営業していましたが、震災時に、高さ17m以上の巨大な津波に襲われて壊滅的な被害を受け、4階より上のフロアは今もほぼ当初の状態で残っているものの(但し津波は4階にも浸水しました)、1階と2階はフロア全体が抜け落ちて、このように鉄骨がむき出しになりました。

たろう観光ホテル(震災遺構)

たろう観光ホテル(震災遺構)

たろう観光ホテル(震災遺構)

たろう観光ホテル(震災遺構)

建物の倒壊こそ免れたものの、当然ホテルとして営業が再開出来るような状態ではなくなったため、一旦はそのまま放棄されて廃墟となりましたが、その後、津波の脅威を伝えるための「震災遺構」として整備される事となり、廃墟となった現状をそのままの状態で永続的に保存・維持するための工事が施工され、昨年から一般公開されています。
その痛々しい姿から、大津波の破壊力を如実に感じ取る事が出来ます…。


下の写真は、岩手県山田町にある「道の駅やまだ」の建物に貼ってあったポスターです。被災した直後の山田町の風景と、復興しつつある現在の山田町の風景が、上下2枚の写真で対比されたポスターとなっていました。

「道の駅やまだ」に貼ってあったポスター

山田町も、三陸海岸の他の都市同様、津波による被害は甚大でしたが、町の中心部では、津波のみならず、津波襲来後に発生した大規模火災によっても、多くの建物が焼失してしまいました。震災時は、断水のため消火活動が行う事が出来ず、火の勢いを止める手立てが無かったのです…。


今回の記事に添付した写真の中では、以下の2枚の写真のみ、どちらも私が撮影したものではないのですが(ネット上で公開されていたものです)、被災地の現況を伝える写真としてここで紹介致します。
これらの写真は、被災者への宅地引き渡しに向けて土地区画整理事業が行われている山田町中心部の様子で、1枚目の写真は、今から2年程前に撮影された、かさ上げ工事が行われている様子、2枚目の写真は、今から1年程前に撮影された、かさ上げ工事が概ね一段落した様子です。

かさ上げ工事が進む岩手県山田町の中心部

盛り土エリアが広がる岩手県山田町の中心部

今回の旅行では、山田町のみならず三陸海岸の各街で、これとよく似たような景色を何度も見ました。また、写真は撮りませんでしたが、プレハブの仮設住宅群や、全てプレハブの仮設商店街なども、各地で見かけました。


以下の写真3枚は、岩手県釜石市の港町で私が見学してきた、震災後に新たに造られた高さ6.1mの直立型防潮堤です。防潮堤ごしにも海が見えるようにするため、透明なアクリル板がはめ込まれている窓が付けられています。

釜石市港町の直立型防潮堤

釜石市港町の直立型防潮堤

釜石市港町の直立型防潮堤

この釜石市は、平成24年7月3日付の記事その翌日付の記事で紹介させて頂いた、ノンフィクション作家の石井光太さんによって著された『遺体 震災、津波の果てに』という本(被災直後の遺体安置所での極限状態と、安置所に関わった当事者達の行動に迫った壮絶なルポルタージュ)や、平成25年3月18日付の記事で紹介させて頂いた映画『遺体 明日への十日間』などで主要な舞台となった、東日本大震災では特に被害が大きかった街のひとつです。

ちなみに、今回の旅行では、私は青森県八戸市から、岩手県久慈市宮古市・山田町などを経由しながら、三陸海岸沿いの国道45号をずっと車で南下して釜石まで来ましたが、その移動の際の車窓からは、これよりも更に巨大な防潮堤(高さ10mを超えるもの)もいくつか見ました。


以下の3枚の写真のうち1枚目は、震災前、具体的には今から17年近く前の平成12年9月、バイクで日本本土縦断ツーリングを行っていた最中、釜石に立ち寄った際にセルフタイマーを使って私が撮影した、当時の三陸鉄道 釜石駅の駅舎です。
そして2枚目と3枚目の写真は、震災後、つまり今回の旅行で撮影した、同駅の様子です。駅舎自体には特に大きな変化は無いものの、駅舎の周りの様子がかなり変化していました。

日本本土縦断ツーリング(釜石駅)

三陸鉄道 釜石駅(平成29年3月)

三陸鉄道 釜石駅(平成29年3月)

この駅は、三陸鉄道南リアス線の終着駅で、隣接するJR東日本の釜石駅と共に、釜石市の中心的な駅として機能しています。
三陸鉄道とは、岩手県三陸海岸を縦貫する路線(北リアス線南リアス線の2路線)を所有し運行している、国鉄特定地方交通線を転換して開業した我が国初の第三セクター鉄道で、昭和59年に全線が開業しました。
沿線住民の足として日頃から利用され親しまれてきた鉄道で、最近では、NHK連続テレビ小説あまちゃん」に登場する架空の「北三陸鉄道」のモデルとなった鉄道としても知られていますが、東日本大震災ではこの鉄道も甚大な被害を受け、各所で駅舎・橋・路盤などが流出し、車両も3両が使用不能になるなどしました。
しかし、全国各地からの応援や支援、我が国政府やクウェート政府からの支援、関係者らの尽力により、平成26年4月には全線が復旧しました。

私は、三陸鉄道の列車にはまだ一度も乗車した事がありませんが(時間の都合により、今回の旅行でもその機会はありませんでしたが)、三陸鉄道の復興支援には私も微力ながら協力させて頂いたため、私にとっても三陸鉄道はいろいろと思い入れがある鉄道です。


なお、今日のこの記事と関連する内容の記事として、宜しければ以下の記事も併せて御一読下さい。
震災発生からまだ一年が経っていない時期(震災から約9ヶ月後)に、宮城県の中では特に津波による被害が大きかった仙台市若林区の荒浜地区で私が見てきたものや感じた事などを綴ったレポートです。
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20111221


最後に、私が持っている『三陸たびガイド 復興支援』(遠藤宏之著)という本の、「被災地を旅するにあたって」と題されたページに書かれていた文章を、以下に転載します。これから岩手県から宮城県にかけての三陸や、その他の被災地を旅行しようと思われている方は、是非参考にして下さい。

被災地を観光することは不謹慎ではないですか?

最低限のマナーさえ守れば、現地の人々の多くは私たちの訪問を歓迎してくれます。そこには震災の「風化」を防ぎたいという思いと、震災の教訓を全国へ伝えたいという気持ちがあるからです。「被災地を訪れ、現実を見て、現地で人とふれあって欲しい。そこで聞いた話や感じたことを地元に帰って伝えて欲しい」ことを多くの人が思っています。是非その思いを受け止めてください。そして私たちもせめて食事や宿泊、お土産などでささやかでも経済貢献を心掛けましょう。それが復興を応援することにもつながります。

写真を撮っても大丈夫ですか?

基本的には大丈夫です。むしろ多くの人が「写真やビデオを撮ってそれを帰ってたくさんの人に見せて欲しい」と言ってくれます。ただし、最低限のマナーとして、
○個人宅や人にカメラを向けない
○立ち入り禁止箇所(本当に危険です)や私有地にみだりに立ち入らない
○現地の人が不快になるようなポーズは慎む(観光施設は別として、ピースサインやおふざけなどはNGと考えてください)
○写真やビデオを撮ることに夢中になってノロノロ運転や急停車、迷惑駐車などはしない
といったことは心掛けてください。
また、現在更地になっているような場所も、かつて誰かが暮らしていた土地であり、今も誰かが所有する土地であることを認識してください。基本は被災地・被災者に対する尊厳の気持ちを忘れないことです。

その他に気をつけるべき点はありますか?

大勢で押しかけて騒ぐようなことは控えたいです。多くの人が犠牲になった場所もあります。哀悼の気持ちは忘れないようにしましょう。言わずもがなですが、タバコやゴミのポイ捨ては絶対ダメです。飲酒も場をわきまえましょう。


(田頭)

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