西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

御成敗式目

御成敗式目

当社の社務所の、玄関と社務室の間に設置されている受付窓口のガラス窓には、「神は人の敬により威を増し 人は神の徳によりて運を添ふ」と記された紙が貼られています(写真参照)。

この紙がいつからここに貼られているのかはわかりませんが、私が当社に入社した2年2ヶ月前には既に貼ってありましたので、かなり以前から貼ってあったものと思われます。また、当社以外の神社においても、拝殿の向拝などにこの文言を大きく掲示している神社を見かけたことがあります。

この言葉の出典は、鎌倉幕府第3代執権の北条泰時が貞永元年(1232年)に定めた武家法「御成敗式目」で、この文言はその第一条の条文の中に記されています。「神は人から敬われることによって霊験があらたかになって益々その威力を発揮するようになり、また人は、神を敬うことによって、より良い運を与えられる」という意味です。

御成敗式目は、武士の道理と、源頼朝以来の先例(頼朝による判決例)を元に、公正な裁判を実行するために制定された行政・民事・刑事・訴訟に関する全51ヶ条から成る御家人のための成文法ですが、神道の立場から見た場合、まず最初に神に対する崇敬を掲げているのが大きな特徴で、この神祇崇敬に対する姿勢は鎌倉幕府の神祇行政の基本精神となり、その精神は、室町幕府を築いた足利氏や江戸幕府を築いた徳川氏にもそのまま継承されていきました。

御成敗式目のこの第一条の全文(ただし読み仮名や送り仮名は現代仮名を使用)は、「神社を修理し祭祀を専らにす可き事。右、神は人の敬うに依って威を増し、人は神の徳に依って運を添う。然れば、則ち恆例の祭祀陵夷を致さず、如在の礼奠怠慢令むる事莫れ。茲に因って、関東御分国々並びに荘園に於ては、地頭・神主等・各々其の趣を存し、清誠を致す可き也。兼ては、又有封の社に到りては代々の符に任せ、小破の時、且つ修理を加え、若し大破に及び、子細を言上せば、其の左右に随いて其の沙汰、有る可き矣。」という文章で、これは意訳すると以下のようになります。

「神社を修理してお祭りを盛んにしなさい。人々が神様を敬うことで神様は益々威力を増し、神様の力により人の運も開けるからです。ですから、神様に対してはお供え物を絶やさず、また、昔からのお祭りや風習は大切に守りなさい。武家の領地や荘園の地頭、神主は、このことをよく理解して、確実に運営しなさい。神社を修理するにあたっては、領地を持っている神社の場合、小さな修理は自分たちで行い、手に負えない大きな修理は幕府に報告をしなさい。内容を調べた上で善処します。」

頼朝は、武士が神社の社領を押領することを禁じ、神社には守護使不入の特権を与えて社領の安堵をはかり、社殿の修造にも力を注ぐなど、神社や神事を極めて尊重する神祇政策を採り、また、個人的にも伊勢の神宮鶴岡八幡宮には格別に篤い崇敬の念を寄せるなどしましたが、こういった頼朝の神祇に対する姿勢は御成敗式目の第一条に如実に反映され、そしてその御成敗式目は、江戸幕府の「武家諸法度」にまで大きな影響を与え、成立以後およそ650年間にも渡り、武家基本法典としてその精神は脈々と受け継がれていきました。

(田頭)