西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

神様はいなくなりません!

出雲大社

今日から10月、即ち「神無月」(かんなづき)です。今日から郵政事業が民営化され(日本郵政グループ発足)、今日から気象庁の「緊急地震速報」の一般市民への提供が始まり、また、小麦・原油価格高騰の影響により今日からガソリンや冷凍食品の値上げが一斉に行われ、そして、JR北海道は今日からダイヤ改正を行いました。ちなみに、福田首相は今日、衆院本会議に於いて初めての所信表明演説を行いました。

という訳で、全国各地でいろいろなスタートを切る事になった10月初日ですが、その10月は、なぜ「神無月」と言われるのでしょうか? …と質問すると、大抵の人は「10月は、全国の神社にお祀りされている神様が一年の事を話し合うため一斉に出雲に行かれて神様が不在の月となるため、神無月といいます」と答えます。神無月の語源とされるこの話はかなり有名で、その根拠として、「神様の参集される出雲でだけは、逆に10月の事を“神有月”と言う」という話も結構有名です。実際、書物などでもこの話はよく紹介されており、そのため、この話を真に受けて、神様が留守なので10月に神社に参拝するのは避ける、という方もおられるそうです。

しかし、はっきり言いますが、この話はただの俗説です。そもそも、全国の神様が一斉に出雲(具体的には島根県出雲市大社町に鎮座する出雲大社を指します/写真参照)に行かれてしまうのであれば、全国の神社には10月は神様がおられない、つまりどの神社も10月だけは御本殿の中が“カラッポ”ということになってしまいますが、勿論そんな事はありません。そのような異常事態、ありえません。北海道内の神社は9月に例祭(秋祭り)が斎行される所が多いですが、本州などでは10月に例祭が行われる神社も多く、また、例祭以外でも10月は神嘗祭(かんなめさい)やそれを奉祝する大祭など重要祭事が行われる月であり、もしこの話が本当ならば神様がおられないのに例祭や神嘗当日祭が行なわれる、という凡そ有り得ない事態が全国各地で起こっている事になってしまいます。

勘違いをされている方が多いようなので、声を大にして改めて言わせて頂きますが、10月は、いや、10月に限らず、いつであろうと神社には常に神様がおられます!もっとも、「神様が出雲に行かれる」とされる説を信じたとしても、その場合の10月はあくまでも旧暦の10月(今年の場合は11月10日〜12月9日が旧暦の10月に当ります)を指しているので、あれは、どのみち今月の話ではないのですが…。

では、神様が不在になる訳でないのであれば、10月はなぜ「神無月」と言われているのでしょうか。これについては諸説がありますが、民俗学的に最も有力な説とされているのは、昨年10月1日付の記事「今日から神無月」で紹介させて頂いた、「神無月とは神の月である」とする説です。この説によると、神無月の「な」とは、6月の事を水無月(みなづき)と呼ぶ場合と同じ意味の「な」で、これは「の」を意味する助詞であり、その「な」を「無」と表記したのはただの当て字で、つまり神無月とは本当は「神の月」を表している、という解釈になります。なぜ10月が「神の月」とされたのかは、前出の記事「今日から神無月」に書かせて頂きましたので、そちらを御参照下さい。

これ以外の説では、雷の鳴らない月を「雷無月」(かみなしづき)と云ったのが「神無月」になったとする説、新穀で新酒を醸す月を「醸成月」(かみなんづき)と云ったのが「神無月」になったとする説、新嘗(にいなめ)の準備をする月を「神嘗月」(かんなめづき)と云ったのが「神無月」になったとする説、などがあります。

では、「10月に全国の神社の神様が出雲に参集される」という話はどこからきたのかというと、それは、前述のいずれかの理由(神の月、雷の鳴らない月、新穀で新酒を醸す月、新嘗の準備をする月など)により10月が神無月と表記されるようになった結果、その「神無」の宛字から生み出された説と考えられています。つまり、神様がいなくなるので神無月と表記されるようになったのではなく、神無月と表記されたので神様がいなくなると考えられるようになったのです。そしてこの説を、中世以降、出雲大社御師が全国に広めたのです。

神様は何のために出雲に集まると考えられたのでしょうか。これについても諸説がありますが、特に有名なのは、神様の里帰りだとする説(収穫が終わった後に農神を天に送り帰すという意味合いが込められていたようです)と、出雲大社でお祀りされている大国主神の代表的な御神徳が「縁結び」である事から、全国の神々が縁結びの相談のために出雲に参集される、とする説です。特に後者の縁結び説は全国的に広がったようで、この説の影響を受け、北九州では神様達が出雲に出発される日や出雲から帰られる日に未婚の男女がおこもりをするといった風習があり、また、新潟県佐渡地方では、「神送り忌み」といって10月の縁談を避ける風習があったそうです。

他にも、全国の神社から実際にいなくなるのは大国主系の国津神だけであり、天孫系の天津神は出雲には行かないためいなくならない、という説もあり、その一方で、天照大御神をはじめ天津神達も出雲に行かれる、という説もあったり、また、全ての神様が出雲に行かれるという伝承が広まる中で、逆に、出雲には行かないで留守番をする「留守神」も考え出されるなど、「10月に全国の神様が出雲に参集される」というこの説は各所で派生して、大きな広がりを見せました。ちなみに、「留守神」とされた神様の中で特に有名なのは、商売や漁業の神様として信仰を集めている恵比須(えびす)様です。10月に「恵比須講」を行って盛大にお祭りをする地方がありますが、これは、留守を預かる恵比須様をお慰めするために行われるようになったとも云われています。

なお、出雲に於いては、10月は全国の神様が出雲に集まって来られると今でも信じられており、旧暦の10月には、出雲大社では「神在祭」(かみありさい)という神事が厳かに執り行われます。まず、国譲りの聖地である稲佐浜で神迎祭(全国各地より参集される神々をお迎えする神事)が執り行われ、その後、本殿で神在祭(八百万の神々がお集いの中、国家の安泰と皇室の弥栄、人々の幸縁などをお祈りする神事)、神楽殿で龍蛇神講大祭(神々のお使いとして先導役を務められる龍蛇神への信仰によって結成されている「龍蛇神講」のお祭り)が執り行われ、そして、これら一連の神事の締め括りとして、拝殿で神等去出祭(お集いになった神々が各地へお帰りになる神事)が執り行われます。

ところで、今紹介させて頂いた「全国の神々が参集されるため出雲大社では10月に神在祭が行われている」という現実と、「10月に神様が出雲に行かれるというのはただの俗説で、実際には神社から神様がいなくなる事はありません」という今日の記事の趣旨は、おもいっきり矛盾しているのではないか、と思われる方もいるかもしれませんが、そのように思う方は、「10月は、各神社でお祀りされている神様の“御分霊”が出雲に行かれる」と解釈すると、矛盾が生じず整合性が取れるかもしれませんね(笑)。

(田頭)

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