西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

火葬場

山口斎場

私達宗教家は、人の死に関わる儀礼(つまり葬儀)に接する機会が少なくありません。そもそも、宗教そのものが人の生死を抜きにしては語れない以上、宗教家が死に関わるのは極めて当然の事とも言えます(逆にいうと、もし科学や医療が極限まで発達して人間が死を克服し誰もが不老不死になったとしたら、その時宗教は存在意義を無くすと思います)。私達神職も、僧侶に比べるとその頻度はかなり低いかもしれませんが、やはり葬儀で御奉仕をさせて頂く機会は少なくありません。私自身、神葬祭は今まで何度も御奉仕させて頂きましたし、ほとんどの人は年に一回も行く機会がないであろう火葬場へも、火葬祭奉仕のため何回か行かせて頂きました。

しかし、何度か火葬場に行った身として言わせて頂くと、火葬場は実に多くの人達から誤解を受けています。火葬場は確かに独特な雰囲気が漂う場所ではありますが、しかし大抵の人が思い描く程に陰気な場所ではないですし(陰気な所もあるとは思いますが)、特に近年建設された火葬場のロビーは、ホテルのロビーのように明るくて開放的で清潔感が漂っています。また、映画やドラマなど虚構の世界では、大抵高い煙突から煙がたなびいている画像が火葬場を象徴する光景として登場しますが、実際には、一部の旧式の火葬場を除き、高い煙突のある火葬場というのはほとんどありません。実はほとんどの火葬場は、煙突は見えない構造になっているのです。

土葬が主流だった時代ならいざ知らず、火葬普及率が99%を超えている現代の日本に於いて、火葬場は、人生の終焉においてほとんど誰もがお世話になる、絶対になくてはならない必要不可欠な施設です。故人の家族や親しい人達にとっては、その死を受容せざるを得ない、ケジメをつける大切な場所でもあります。しかし、そうであるにも拘わらず、火葬場は私達からは常に遠い存在、もっとはっきり言うと、人々から“忌み嫌われる”施設として存在しています。火葬場の建設話が出ると、大抵、地元の住民達から「周辺の美観を損ねる」「地域のイメージが悪くなる」等の理由から建設の反対運動が起こる事でもそれは明らかです。

今日は、とても大切な場所であるにも拘らず多くの人々が今まで目を逸らしてきた火葬場という、“不快施設”の代表格ともいえる施設について、葬儀を執行する側の立場として僅かながら今まで火葬場に関わってきた身として、少しお話しをさせて頂きます。ちなみに、上に貼付の写真は札幌市の火葬場の一つである「札幌市山口斎場」です。また、その山口斎場の写真を除く、以下に貼付の各画像は、いずれもクリックすると拡大表示されます(そのままでは見辛いので拡大して見て下さい)。


◆火葬の意義と現状

「墓地、埋葬等に関する法律」(以下「墓地法」と略)の第2条第2項では、「火葬とは、死体を葬るために、これを焼くことをいう。」と定義しており、また、日本環境斎苑協会発行の「火葬場の維持・管理マニュアル」では更に実務的に、「火葬とは死体(妊娠4ヶ月以上の死胎を含む)を葬るための前処理として、死体を気体中で高温燃焼させ、死体の骨灰化すなわち、安定化、減容化及び無害化を図る葬法である。」と定義しています。

一方、火葬場の定義についてですが、墓地法第2条第7項では「火葬場とは、火葬を行なうために、火葬場として都道府県知事の許可を受けた施設をいう。」と定義していますが、この定義では設備や規模については何も規定していないため、火葬場としてはほとんど実態のない施設(例えば、何十年か前には使われていたかもしれない自然物利用の野焼き施設など)まで火葬場に含まれてしまうため、「火葬場マニュアル」では更に限定的に、「最小限度、火葬炉設備と煙突又は排煙筒を備え、さらに、これらの設備等を保護、遮蔽する建物を有する施設が火葬場である」と火葬場を定義し、火葬炉・煙突(排煙筒)・建物の3つの構成要素を保有する施設が火葬場であるとしています。

このため、厚生労働省の年報(平成17年)では、墓地法の定義に基き全国の火葬場数は5,117箇所としていますが、これは実態の不明な野焼き施設まで含まれているため全く意味のない数字で、この5,117箇所のうち、前述の3つの要素を備え、且つ年間1件以上の稼動実績のある火葬場の数は、当時(平成11年)の厚生省の調査によると1,558箇所である事から、この1,558箇所という数字が、日本に於ける火葬場の実数といえます。

なお、厚生労働省による平成17年の調査によると、同年の国内での火葬件数(人数)は1,112,178(火葬率99.8%)で、土葬件数(人数)は1,989(土葬率0.2%)でした。都道府県別では、北海道、宮城県山形県、東京都、新潟県富山県、石川県、福井県大阪府兵庫県山口県愛媛県、福岡県、佐賀県大分県、宮崎県の16都道府県がいずれも火葬率100%で、最も火葬率が低かったのは奈良県(98.5%)で、その次に低かったのは高知県(98.6%)、三重県(98.7%)という順になります。しかし最も火葬率が低かった奈良県でもその率は98%を超えている訳ですから、都道府県別に順位を付ける事にはあまり意味はないかもしれません。


◆火葬炉の構造と火葬の手順

一昔前の火葬場はこうではありませんが、近年建設された多くの火葬場は、だいたい次のような構造になっています。正面玄関から建物の中に入ると、まず、開放的な雰囲気のロビー(エントランスホール)があります。そのロビーを突き抜けて真っ直ぐ進むと、故人と最後のお別れの儀式神道でいえば火葬祭)を行う告別室があり、そして告別室の奥には、火葬場のメイン設備である火葬炉があります。炉の構造は、まず手前に前室(一旦柩を納めるスペース)があり、その奥に炉(実際に柩を燃やすスペース)があるのが一般的です。

前室というのは、昭和50年代半ば以降に設けられるようになった空間で、それ以前は、いざ柩を入れようと炉の扉を開けると、焼け爛れた炉内がそのまま会葬者の目に飛び込んでくるため、「こんな中に故人を入れるのか!」と会葬者に抵抗感を感じさせてしまう事が少なくありませんでしたが、炉の手前に、炉とは扉で区切られた前室を設ける事によって、会葬者の視界を遮る事ができるようになりました。また、前室は単に会葬者からの視界を遮るだけではなく、火葬後の熱を冷ます冷却室としての機能も併せ持っています。諸外国と異なり日本では火葬の直後に収骨をするため、焼き上がった骨はすぐに冷やす必要がありますが、当然の事ながら、熱く燃え盛っていた炉に柩を入れたまま冷やすよりも、前室に引き出して冷やした方が短時間で冷やされます。ですから、皆さん方が火葬場に行った時、「ここが火葬炉なんだな」と思っていた、柩が納められたスペースは、実はほとんどの場合、火葬炉ではなくその前室なのです(但し旧式の火葬場では前室のない炉もあります)。

火葬炉の構造は、かつては柩だけが炉の中に押し込まれる「ロストル式」という構造でしたが(下図参照)、最近ではロストル式に代わって「台車式」が主流になってきています。ロストル式は、格子状の支えの上に柩を載せる構造で、その下の隙間によって炉内の空気や熱の対流がスムーズになって燃焼が効率的になるという優れた特徴を持つ反面、火葬後の骨は柩を支えていた格子を通して下に焼け落ちてしまうという欠点がありました。勿論炉の下には受け皿があって、火葬後の骨は全てそこで回収されますが、骨はどうしてもバラバラにならざるを得ません。

ロストル式の火葬炉

しかし、炉の技術革新が進むにつれ、柩に下の隙間はどうしても必要なものではなくなってきたため、台車に柩を載せたまま炉内を往復させる台車式という構造の炉が登場しました(下図参照)。台車式は、耐熱性に優れた車輪、軸受、炉内へのレールが付いているため柩の出し入れもスムーズに行えるようになり、そして、骨が焼け落ちる事もなくなり、人体の形状を残して整然と並んだ骨を取り出す事が可能になりました。台車式は火のまわりが遅いため、燃焼時間はロストル式よりも長くなってしまうのですが、現在は、多少時間はかかっても綺麗に焼ける方がいい、という風潮から日本では台車式が主流になってきています。

台車式の火葬炉

ところで、炉ではどのように火葬されるのかというと、一般的には、だいたい次のような感じです。告別室で最後のお別れの儀式(火葬祭など)が行われている時、排気装置のスイッチが入れられ、再燃炉が点火されます(再燃炉については次々項「火葬場の煙突」で後述します)。そして、炉内の温度が800℃程になった所で、主燃炉(柩を入れるスペース)にも着火されるのですが、実は、この着火作業は結構危険を伴うもので、着火のタイミングがずれた、通気や炉内気圧の確認を怠った、炉内の換気を十分に行わなかった等のミスにより、燃料ガスが先に炉内に充満したり未燃ガスが残留したままになるなどして炉が爆発するという事故も過去には何件も起きています。

現在は着火装置の自動化が進み、炉の安全性はかなり改善されており、最近では着火のみならず「炉の運転状態を完璧にチェックする」という触れ込みの集中自動制御装置さえ出現しています。しかし実際には、各遺体毎に燃焼条件が大きく異なるため、結局は火葬場の職員が火葬状況を確認しながら操作盤を使って一つ一つの炉を手動で運転している事がほとんどです。火力を自動調整できるようコンピュータ制御システムが導入されている火葬場に於いても、大抵職員達は、火葬されている様子を覗き見る事ができる、炉の裏側にある小さな覗き窓から、炉の中を自分の目で直接確認しながら炉の運転を行なっているのです(但し覗き窓のない炉もあります)。

脂肪やタンパク質の多さなどから、一般に老人よりは若者、女性よりは男性、そして当然の事ながら痩せている人よりは太っている人の方が火葬時間は長くかかり、また、体の部位には燃え易い所と燃え辛い所があり、燃えやすい部位でも燃焼の経過によっては燃焼条件が著しく変わり(例えばタンパク質は加熱されると硬化・炭化して遺体の表面全体を厚い皮膜で覆ってしまいます)、更に、副葬品が燃焼を阻害する事例もかなりあり(単に燃焼効率を下げるだけでなく、密閉容器やドライアイスなどは炉の爆発要因にもなります)、このため、炉は遺体を“ただ焼けばいい”というような大雑把なものではなく、火葬中は熟練した技術者による様々な“調整”が必要になるのです。

燃焼状況に応じて酸素や燃料ガスを噴霧し続ける必要がありますし、また、バーナーから噴出する火炎の長さは限られているため、絶えずデレッキ(鉄棒)で焼却する部位を手元に引き寄せたり、バーナーからの炎の噴出し先を調整する必要もあります。こういった事から、ある程度は炉の自動化が実現できているものの、炉の無人操作や完全自動化にまではまだ至っていないのです(但し最近ではデレッキ操作の不要な最新鋭の火葬炉も出現しています)。

ちなみに、この記事の冒頭で写真にて紹介した札幌市山口斎場の場合、火葬炉は全部で29基あり、炉の構造はいずれも台車式です。そして、その29基の炉のうち2基は大型炉で、遺体が大き過ぎて標準炉には入りきらない特大サイズの柩に対応しています。日本人の体躯が向上するのに伴い、最近は柩の大きさも特大サイズのものが現れてきましたが、そういった大きな柩が使われた場合、大型炉のある火葬場まで運び込むか、もしくは、少々乱暴ですが遺体が硬直しないうちに通常サイズの柩の大きさに合わせて足を折り畳んでしまう他方法はありません。そういった意味では、大型炉を2基備えている札幌の火葬場は、立派な体躯の人にとっては絶対不可欠な存在といえます。もっとも、ボブ・サップ級やKONISHIKI級の体格の人は、そういった大型炉にすら入りきらない可能性もありますが…。


◆高度な日本の火葬技術

日本の火葬普及率は、終戦直後の昭和22年は53%でしたが、現在では99%を超え、その普及率は断トツで世界第一位です(ちなみに、イギリスは約70%、中国は約42%、アメリカは約25%、フランスは約16%、イタリアは約4%です)。火葬がこれだけ広く普及すると、その実績の積み重ねから当然技術は確実に発展・進歩する訳で、私としては、日本の火葬技術は間違いなく世界最高水準であろうと確信しています。

そして、日本の火葬技術が発展した大きな要因は、収骨に求める事ができます。日本では火葬を終えた直後、遺族や近親者の手で収骨の儀礼を行いますが、これは世界のどの国にも見られない日本独自の葬送習慣であり、この習慣がある故に、日本の火葬場では“いかに綺麗に焼くか”という事が重要になってくるのです。つまり、火葬後にお骨上げをするため単に“焼けばいい”では済まされない日本独自の事情が、必然的に日本の火葬技術を向上させたと言えるのです。ちなみに海外では、各国によってその事情は異なるものの、火葬後は「遺族は告別式終了後、遺体を炉に納める際にも立ち会う事なく、直ちに火葬場を退出する」「焼骨は粉砕され、火葬場職員が容器に詰めて、これが後日遺族に渡される」という点で概ね共通しています。

しかし日本では火葬後に収骨が行なわれるため、骨が灰化して無くなってしまう程に強く焼き過ぎてはいけず、当然の事ながら骨以外のものが残るような浅い焼き方も許されず、かといって、ただ骨としての形が残れば良いという訳でもなく、それなりに見栄え良く焼けなければいけず、しかも、前述したように遺体は年齢・性別・体格などによってそれぞれの燃焼条件が大きく異なるため、火葬炉で作業をする人達は特別のノウハウにより非常に神経を使いながら綺麗に遺体を焼いているのです。決して、炉に遺体を入れたら“それでもう終わり”ではないのです。

また、日本では火葬炉で作業をする人達の習熟度だけではなく、火葬炉自体の性能向上や技術革新にも目覚しいものがあります。そもそも、一般的な焼却炉と比べて火葬炉は過酷な環境下での使用を前提としているため、特に高い性能が求められます。遺体一体毎に「点火→火葬→消火→冷却→炉から取り出して収骨」という一連の作業が繰り返し行なわれるため、火葬炉は急激な加熱と冷却の反復に耐えられるものでなくてはならないのです。ですから、神社の境内によくある(当社の境内にもありますが)お焚き上げ用の焼却炉とはその造りが根本的に異なっているのです。収骨という風習がある故に火葬炉を連続燃焼する事ができず、一体毎に点火・燃焼・消火を繰り返すため、日本の火葬炉は海外の火葬炉に比べると、複雑、非能率、不経済、贅沢なシステムといえます(海外では収骨の習慣がないためロストル式の炉が主流で、省エネのため連続的に火葬するのが普通です)。


◆火葬場の煙突

私は今日の記事の冒頭で、「映画やドラマなど虚構の世界では、大抵高い煙突から煙がたなびいている画像が火葬場を象徴する光景として登場しますが、実際には、一部の旧式の火葬場を除き、高い煙突のある火葬場というのはほとんどありません」と書きましたが、昔の火葬場は、確かに高い煙突から煙がたなびいていました。では、現在のほとんどの火葬場ではなぜ高い煙突を見る事がなくなったのかというと、少々仰々しい言い方をすると、それは“高い煙突を無くすための戦いの歴史”の結果なのです。

そもそも煙突が高いのは、その頂部と下部の温度差で生じる通風力を利用して火葬炉内からの排気と新しい空気の取り込みを行っているためで、この場合、煙突の高さは15〜20m必要とされ、これが十分でないと通風力が低下して、排気がスムーズにいかなくなってしまいます。排気がスムーズにいかなくなると、燃焼効率が低下し、火葬も長時間化し、その分燃料も余計に必要になってきます。

しかし、火葬場を建設しようとする度に周辺住民から「煙突からたなびく煙」や、その煙の悪臭が問題視され、それを理由に建設の反対運動が盛んになるなどしたため、「煙突からたなびく煙」はもはや無視できない問題となっていました。そのため、無煙・無臭の火葬炉の開発が進められ、昭和30年代前半には、主燃炉と煙突を繋ぐ煙道にもう一つの炉である「再燃炉」を設ける事で排気に含まれる煤や灰などを全て燃やし切ってしまう方法が開発され、この方式を採用した火葬炉が建設されるようになりました。

そして昭和40年代には、その発展型である「直上再燃炉」が開発されました。これは「直上」という言葉が示すように、再燃する部分を主燃炉本体に近接させる事で、火葬の際に主燃炉で生じる熱エネルギーを効率的に利用する構造となっており、未燃のまま排出される各種物質をガスバーナーなどで再加熱する事で、煤や灰のみならず、悪臭の原因となっているアンモニア硫化水素アルデヒド、ケトンなどの物質を熱分解してしまうというものでした。この直上再燃炉の登場により、各火葬場では煤塵や悪臭を減らす事にかなりの成功をおさめました。

しかし、それでも全てを燃焼し尽くす事は困難でした。特に、火葬場が市街地に隣接している場合には更に厳しい対応が求められました。そこで、再燃炉に加えて、集塵装置も付設される事になりました。集塵する方法には、現在、バグフィルター(排気をフィルターに通過させて粒子を取り除く)や電気集塵器(機器内で放電して集塵機へ吸引させる)が用いられています。また、発生した煤塵を取り除くばかりでなく、発生そのものを減少させる工夫も行われるようになりました。例えば近年建設される火葬場の使用燃料は、従来主流だった重油から、灯油やガスへの転換が進められていますが(ちなみに札幌市山口斎場の火葬炉の燃料は灯油です)、これは、重油よりも灯油やガスの方が燃焼時の煤塵の発生が少ないためです。

排気方法についても改善が進められ、従来は煙突の高さによって生じる温度差に頼るしかありませんでしたが、冷却機を設ける事で必要な温度差を人為的に作り出す事が可能になり、これにより、15〜20m必要とされてきた煙突の高さは7〜8メートル程度の高さで済むようになりました。更に、温度差による通風力によらずとも強制かつ効率的に排気が可能になる「強制排気方式」が考案されて煙突の高さは更に短くなり、現在の火葬場の煙突は、「煙突」というよりも、もはや単なる「排気口」になっています。こうして、火葬場を象徴する光景であった“火葬場の煙突”は、私達の前からその姿を消していったのです。

火葬炉概念図

以上のような経緯から、その火葬場に再燃炉や排気筒(高さ15m未満の短煙突)があるかどうかは、その火葬場が近代化されているか否かを示す指標の一つとされています。現在(平成17年)、国内の火葬場総数は1,558箇所ですが、そのうち再燃炉が設置されている火葬場は1,273箇所で、全体の約82%を占めています。また、排気筒を設置している火葬場は1,279箇所で、こちらも火葬場総数の約82%を占めており、こういった数値からも、火葬場の近代化はかなり進展しているといえます(ちなみに、高さ20m以上の旧来の煙突が設置されている火葬場は、火葬場総数の8.1%に当たる123箇所です)。


◆火葬作業マニュアル

この項では、某市斎場における「火葬作業マニュアル」の一部を紹介させて頂きます。火葬場に於ける一連の流れが理解して戴けると思います。今まで何度も火葬場に足を運んだ事のある葬儀業者や宗教家(僧侶、神職、その他)であれば、きっと「あぁ、あの場面ね」と思い当たる場面ばかりだと思います。なお、以下のマニュアルでは火葬場の職員はA・B・Cの3人いるものとしています。

《受入準備》

火葬件数や故人名等を主管課に電話で確認。 使用炉のテスト点火を済ませておく。 炉前ホール照明灯を点灯し換気扇ON。 使用炉の表示灯点灯。 炉裏換気扇ON。 炉用分電盤の電源ON、送油ポンプONの確認。 炉前準備(位牌・遺影台の準備、電動台車にて炉台を引き出す)。 柩運搬台車を玄関受入口に配置。 線香が必要な場合は準備。

《受入》

火葬予約時間15分前に玄関で待機。 霊柩車入場時に全員一礼。 霊柩車から運搬台車へ柩の載替え。 職員C(以下「職員」は略)は線香に着火。 Aは火葬許可証を預かる(故人名や死亡時間等をチェック)。 AとBにて遺族を案内しながら柩を使用炉まで移動させる(A「柩に続かれてお入り下さい」)。

Cは炉前入口にて遺族に線香を配る(C「お線香でお別れをして戴きます。火傷をされませんようお気をつけ下さい」)。 この時、葬儀社レディースは位牌・遺影等を預かり、台に置く(レディースがいない場合はAとBが位牌等を預かる)。 AとBは柩を運搬台車から電動台車の炉台に載せ替える。 Aは柩の窓を開け、白布をずらし花束を柩の上に置く(A「お線香を手向けてお別れして下さい」)。 Bは運搬台車を片付ける。 Cは線香残数によって来場人数を把握してAに告げ、炉裏で炉の点火のため待機。

Aは炉扉脇に立ち、喪主を含む4名に柩窓に白布を掛けて貰ってから、窓扉を閉めて貰う(A「4人様で白布をお顔にお掛け下さい」「お2人様でそれぞれの扉をお閉め下さい」)。 Bは電動台車の操作ハンドル側に立つ。 喪主を含む4名に台車から離れて貰う(A「台車が動きますので2、3歩お下がり下さい」)。

Aは遺族に合掌等をお願いして台車を誘導(仏式「合掌、礼拝にてお別れとなります」、神式「拝礼をもちましてお別れとなります」)。 Bは台車を前進。 Aは炉と台車の連結を確認したらBと共に柩を炉に移す。 Bは台車を後進。 後に炉前ホールに移動。 Aは遺族に声を掛け、炉ダンパを閉める(A「扉が閉まります。最後に今一度、合掌、礼拝をお願い致します」)。 Cはダンパの閉まるのを確認しながら炉の点火をする。 Aは化粧扉を閉め、合掌をした後、鍵を掛ける(鍵を収骨準備前に貰う旨、喪主に伝えて渡す)。 遺族を休憩室へ案内する(A「本日はお疲れ様です。収骨時間までのお時間は、1時間20分前後かかると思われます。それまで休憩室でお休み下さい」)。

《火葬》

再燃焼炉点火。 再燃温度300℃を確認後、主燃バーナを点火。 状況に応じ、温度管理をしながら主燃バーナの調整を行なう。 排気筒より黒煙が出ないように管理。 火葬終了時間を内線電話で事務所へ連絡。 火葬が完了したら消火、冷却する。 炉内温度が300℃になったら収骨。

《火葬許可証の返却》

お預かりした火葬許可証を遺族の休憩中に喪主へお返しする。 この時、分骨の要・不要を確認。

《収骨5分前》

喪主から鍵を預かる。 収骨箱の準備。 火葬炉から電動台車にて炉台を引き出す。 遺族への案内「只今から収骨の準備を行います。お手洗い等、お済ませ戴いてお待ち下さい。準備が整いましたらもう一度ご案内致します」。

《収骨》

休憩室から炉前へ遺族を案内。 遺族が全員揃っているか確認。 喪主から始まり全員での骨上げの説明、お骨を挟み合っての説明。 足元から上への骨上げを説明。 骨壷へ入らないお骨を割る旨を説明。 収骨台を挟んで喪主と遺族に立って戴き収骨。 順次遺族に収骨して戴く。 

収骨が済んだら骨箱を包み、位牌を喪主、写真を遺族、骨箱を遺族にお渡しする。 喪主、遺族を出口まで案内する。お見送りの際、礼をする。「お疲れ様でした。お忘れ物等なさらないようにお気を付けてお帰り下さい」。

《後片付け》

全ての物を有った位置に戻す。 炉の表示灯を消す。 その他の電源等も全てOFF。 日報の記載。


◆火葬場における事故の事例

この項では、国内の火葬場で実際に起きた事故の事例を、その概要だけ、何例か紹介させて頂きます。火葬場では日常的に高度・高温の設備・機器を扱っているため、災害事故の防止には常に留意する必要があります。

《人身事故》

(1) 平成2年、某火葬場で職員が炉内を清掃中、急に断熱炉が降りて脚を潰されそうになりました。幸いにして、置いてあったホウキや塵取りが支えとなって、軽い打撲傷だけで済みました。

(2) 平成7年、外壁全体が透かしの大ガラスを嵌め込んでいる某火葬場の待合ホールに於いて、走り回って遊んでいた会葬者の子供が勢い余ってガラスに飛び込み、腕に10cm平方の皮膚移植を要する傷害事故が発生しました。対応が早かったため(火葬場の職員が現場のガラスにこびり付いていた子供の皮膚を直ちに病院に届けるなどした)子供の移植手術は成功し、1ヶ月後にはほぼ回復したそうです。後日、ガラスの前面に植木鉢などを置いて緩衝空間が設けられました。

(3) 平成9年、某火葬場に於いて、市役所からチップ(心付け)の受取禁止を申し渡された受託会社の経営者が、現場の同社社員3名に対して今後チップを受け取らないようにと言い渡した所、チップが無ければ生活できないと主張する社員達と押問答になり、社員達は経営者を無理矢理、火葬炉の前室に閉じ込めました。この時、経営者に傷を負わせてしまったため、社員3人は傷害罪で逮捕され、市役所はその業者との火葬業務委託契約を解除しました。

(4) 平成12年、某火葬場に於いて、火葬が終了したので職員が台車を引き出そうとした所、副葬品のガラス製品が溶融して台車と炉内壁が接着され引き出せなくなり、このため慌てた職員が素手で台車に触れたため、手指に火傷を負いました。

《火葬の中断事故》

(1) 平成2年、某火葬場に於いて、火葬開始に際して着火装置が不具合状態のまま点火操作を繰り返したため、火葬中、未燃ガスが炉内に充満して爆発し、炉の天井が落下して柩を損壊させました。直ちに遺族の了解を得て他の炉に移して火葬を行いましたが、その火葬場は後日遺族から賠償金を請求されました。

(2) 平成5年、某火葬場で、台車上面の不定形耐火材を張替えた台車を使用しての火葬中、張替えた耐火材の養生乾燥が不十分であったため密閉された水分が熱せられて膨張し、炉内で爆発を起こしました。炉も台車も破損し、遺族からも賠償金を請求される事態となりました。

(3) 平成8年、某火葬場に於いて、火葬中に燃料供給が停止して火葬が不能になり、遺族の了解を得た上で遺体を他の炉に移して火葬を行いました。燃料供給管に排水が溜まってバーナーへの供給が止まったという初歩的・単純な事故で、後日、この整備不良の責任が議会で問題になりました。

(4) 時期は不明ですが、某火葬場に於いて、炉への着火後、遺族が一旦家に帰り、2時間半後にその遺族が収骨のため再来したので、職員が遺族と一緒に炉を開けた所、遺体が真っ黒に生焼けとなっており、遺族が大騒ぎずる事態になりました。着火直後に燃料バーナーを絞らなかったため過剰燃焼となり、逆火した炎によりバーナーモーターの配線が焼けてしまい、これにより送風が止まって消火してしまったのがその原因と見られています。町長や主管課長が飛んできて遺族に謝罪し、他の炉で再火葬を行い、遺族も事を荒立てたくはなかったため、裁判沙汰にはなりませんでした。

《火葬システム関連事故》

(1) 平成10年と同14年、首都圏の某火葬場と中部地方の某火葬場に於いて、それぞれ収骨に際して焼骨を取り違えて遺族に渡してしまうという事故が起こりました。どちらの事例でも裁判沙汰になりかけましたが、最終的には示談となったそうです。

(2) 昭和40年代後半、某火葬場で、職員が火葬中に控室で友人との麻雀に夢中になり過ぎて消火時間が著しく遅れ、気が付いた時には焼骨が灰化して収骨できなくなっていました。これも裁判沙汰にかりかけましたが、町役場側が遺族に対して謝り、最終的には示談になったそうです。


◆最後に

今日の記事は、神社のブログには相応しくなかったのでは、という気は正直します。しかし、多くの人々が目を背け、そして勝手に誤解している施設の代表格である火葬場を、一度はちゃんと取り上げてみたいなと思っていました。自分の子供に自分がどこで勤務しているのかを言えない火葬場の職員や、勤務先が分かった途端に大家から一方的に賃貸契約を解除された火葬場人の職員もいると聞いた事があります。しかし、私達は死ぬとほぼ間違いなく、火葬場にお世話になるのです。誰もがお世話になるその火葬場とは、一体どういった施設であるのか、その一端を伝えたくて、今日はあえて火葬場を取り上げさせて頂きました(本当は、まだ書き足りないのですが)。

なお、「火葬場における事故」の項で取り上げた各事故の事例は、火葬場の職員はただ遺体を“焼いているだけ”ではなく、実はかなりの技術を要し、その作業は時には爆発事故が起きる程危険であり、また、万一綺麗に焼き切れなかった際には遺族から訴えられる事もある程デリケートさを要求される仕事でもある、という事を強調する趣旨で紹介させて頂きました。


引用・参考文献 …… 『五訂版 火葬概論』島粼昭著(日本環境斎苑協会)、『お骨のゆくえ 火葬大国ニッポンの技術』横田睦著(平凡社)、『葬祭の日本史』郄橋繁行著(講談社)、栞『札幌市山口斎場』(札幌市保険福祉局)

(田頭)

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