西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

神職としての自覚と幸せ

nisinojinnjya2009-01-04

今日は、宮司は午前中から夕方近くまでずっと境内で諸々の作業をし(総代さん達と一緒に奉納提灯とそのを撤去したり、ホイールローダを運転して境内全域の除雪をするなどしていました)、松澤権禰宜は、神楽殿内をどんど焼き納め所仕様に改装する作業をしたり、焼却機で納め物をお焚き上げするなどの作業をし、また宮司の奥さんは、助勤の巫女さんと一緒に授与所に詰めるなどしていたため、今日は神職の中では私のみが朝から夕方までずっと社務所に詰めていました。

ですから、昨日や一昨日の御祈祷は宮司・松澤権禰宜・私の3人がそれぞれ交代で執り行ったのですが今日当社にて執行した新年の各種御祈祷(家内安全厄除け、八方除け、星厄消除、開運招福など)は、ほぼ全て、私が斎主となって一人で斎行させて頂きました(写真参照)。

元日の御祈祷は、一度狩衣(御祈祷を行う際に着装する装束)を着ると2時間半程は途切れる事なく連続して御祈祷を行ったため、御祈祷を終えた後は正直言ってそれなりに疲れましたが(勿論御祈祷を行っている最中は疲れている暇などなく御祈祷に真剣に没頭・集中していますが)、今日は、御祈祷をしていた時間は朝から夕方までと元日よりはずっと長かったものの、御祈祷そのものは只管続いていた訳ではなく10〜15分程途切れる事が何回かあったため、一息つく暇があり、そのため元日程は疲れず(急かされているような感がなく)、精神的にかなり余裕を持って御祈祷を行う事ができました。

現実には、神職の仕事というのはどの神社に於いても神事そのものよりも雑用や事務が方が大きなウエィトを占めるのですが、しかし一般の方から見ると、神主の仕事というと装束を着て大麻(おおぬさ)を振ったり祝詞を奏上したりして御祈祷をしている印象が強いと思います。確かに“祭式は神主の表芸”とも云われており、祭式や神事を行わずに神職としての奉仕は成り立ちません。そういった意味では、今日の私は、まさに一般の人が思い描く神主のイメージそのものの仕事(奉仕)をずっとしていたといえます。

御神前で御祈祷を長時間ずっとしていると、いつも(例えば社務所で机に向かっている時など)以上に「自分は神様に仕える神職である」という自覚を強く促され、かつて漠然と「神職になりたい」と思って一般の社会からこの世界に入った自分が今本職の神職として御祈祷を行っている事に神様の導きや幸せを感じ、改めて神職としての原点に立ち返ったような気がして襟を正されるような思いをひしひしと感じます。

御祈祷を長時間ずっとしていると、確かに多少疲れもしますが(笑)、しかし御祈祷がずっとできるという事は、私にとっては間違いなく神職冥利に尽きます。少なくとも、私はそういう自分を思い描いてこの世界に入ったのですから!

(田頭)

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