西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

札幌〜函館間の移動中に見たいろいろな景色

今月4日付の記事で詳しく報告させて頂いたように、函館市内の椴法華地区(旧椴法華村)で1泊2日の日程で開催された神道行法錬成研修会に出席するため、私は今月の3〜4日にかけて、函館へ行ってきました。

函館へは自分の車で行ったのですが、研修会場となった椴法華は、札幌からだと高速道路(道央道)を利用しても片道でたっぷり6時間はかかるため、集合時間は午後2時だったのですが当日はかなり早い時間(午前6時頃)に家を出ました。そのため、時間的には十分余裕が生じたので函館では少し寄り道をして、カトリックトラピスチヌ修道院を見学してきました。

今回はプライベートな旅行ではなく、あくまでも神道行法の研修を受けるため函館に行った訳ですから、多少時間があるとはいえ、さすがに関係のない所をあちこち回るのは気が引けたのですが、トラピスチヌ修道院であれば、観光名所の一つになっているとはいえ純然たる宗教施設なので、そこを見学する事は神職としてもいろいろ勉強になるのではないかなと思い、あえて見学に行かせて頂きました(実際、かなりいろいろと考えさせられました)。

以下に、トラピスチヌ修道院を含め、今回、札幌〜函館(椴法華)間の移動中に私が見てきた場所や風景の一部を紹介させて頂きます。


樽前SAから望む樽前山

▲ 樽前SAから望む 冠雪の樽前山

道央道樽前サービスエリアの駐車場から望む、樽前山(標高1,041m)です。樽前山苫小牧千歳にまたがる活火山ですが、幸い、近年の火山活動は然程活発ではありません。御覧のように、10月3日のこの時点で、頂上付近はもう雪で真っ白になっていました。ちなみに、山麓には別表神社のT神社が鎮座しています。


有珠山SAから望む、有珠山と昭和新山

▲ 有珠山SAから望む 有珠山と昭和新山

道央道有珠山サービスエリアから望む、有珠山(左側、標高733m)と昭和新山(右側、標高398m)です。有珠山は、25〜30年に1回程度の割合で噴火している、世界的に見てもかなり活発な活火山で、最も最近の噴火である平成12年の噴火では、近隣の家屋や、国道230号をはじめいくつもの道路が破壊されました。

昭和新山は、昭和18年の有珠山の噴火により、それまで平地だった麦畑が隆起して、僅か2年あまりで形成された火山です。この写真では判り辛いと思いますが、昭和新山は溶岩の塊のような、実に荒々しい山で、緑はほとんどありません。有珠山昭和新山は、どちらも小学校6年の時の修学旅行で見学した山なので(その時は山麓からの見学だけで登りはしませんでしたが)、私にとってはどちらも思い出深い山です。


トラピスチヌ修道院

▲ 天使の聖母トラピスチヌ修道院

函館市郊外(中心部からだと温泉街の湯の川、函館空港方面に向います)にある、カトリック厳律シトー会という隠世共住修道会(観想修道会とも称されます)が運営する女子修道院で、正式名称は「厳律シトー会 天使の聖母トラピスチヌ修道院」といいます。明治31年にフランスから派遣された8名の修道女によって創立された修道院で、現在の建物の大部分は、大正14年の火災の後、昭和2年に再建されたものです。

修道会の中には、積極的に修道院の外に出て、教会や福祉施設、病院等でボランティア活動に従事するなど、外部との人達との交わりを重視する修道会もありますが(昭和54年にノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサの活動はその代表例といえます)、厳律シトー会は隠世共住修道会(修道院の外に一切出る事なく、修道院の中だけで祈りと労働を主要な手段として神と人に奉仕する修道会)であるため、ここで暮らす修道女の方々は、原則として一生ここから出る事なく(伝え聞いた話によると、自分の親が亡くなった時だけ一時的に出られるそうです)、修道院の中で只管祈り(聖体祭儀であるミサと、1日7回の聖務日課を共同で捧げます)と労働(修道院の敷地内にある畑で農作物を生産したり、敷地内の作業場でクッキーや飴など観光客向けの製品を作るなどの作業)の生活を送ります。

なお、函館の隣町・北斗市にあるトラピスト修道院も有名ですが、あちらは同会の男子修道院です。現在、厳律シトー会の修道院は、全世界で男子102、女子72を数え、5,000名程の修道者が隠世共住修道者として奉献の生活を送っています。

ちなみに、永遠の名作として名高い、昭和40年に公開されたアメリカのミュージカル映画サウンド・オブ・ミュージック」(日本では平成3年、ハウス世界名作劇場の枠で「トラップ一家物語」のタイトルでテレビアニメ化もされました)の主人公マリアは、物語の冒頭では修道女見習いの立場でしたが、トラップ大佐の子供達の家庭教師になるべく、修道院から出てトラップ大佐の家に住み込みを始め、その後、院長の許しを得た上で修道会を退会しトラップ大佐と結婚をするので、物語の中で彼女が所属していた修道会は、恐らく隠世共住修道会ではなく、積極的に外に出て活動するタイプの修道会だったのではないかと思われます。

但し、「サウンド・オブ・ミュージック」の題材となった実在のマリア・フォン・トラップが志願したのは女子ベネディクト会のノンベルク修道院で、同会は隠世共住修道会らしいです。実在のマリアは、修道院の暮らしに馴染めず体調を崩してしまい、院長の勧めで修道院を離れて、娘の家庭教師を探していたトラップ家に住み込みで働く事になったのです。


トラピスチヌ修道院にある旅人の聖堂

▲ トラピスチヌ修道院にある 旅人の聖堂

トラピスチヌ修道院の前庭にある、大聖年(西暦2000年)を記念して建立された「旅人の聖堂」の内部です。トラピスチヌ修道院は、函館を代表する観光名所の一つではありますがその実態はあくまでも隠世共住修道者のための修道院であるため、当然ながら観光客や一般の人達が自由に立ち入る事のできる場所はごく一部に限られているのですが、この聖堂は、一般の人達が立ち入り可能なエリアにあるため、誰でも自由に中に入って祈りを捧げる事ができます。

ちなみに、厳律シトー会の修道女(正式メンバー)となる要件は、カトリックの洗礼を受けてから3年以上経ち、35歳くらいまでの、誓願を立てた独身女性とされています。ここでいう誓願とは、召された場所と共同体の中で死ぬまで生活し、福音の教えに従って純粋な心で神のみを求め、キリストに倣う清貧と完全に貞潔な生活を送り、修道院の戒律と修道院長の下に従順である事を約束する事です。教皇ヨハネ・パウロ2世使徒的勧告によると、「隠世修道女は、主とともにあるように、限られた場所を自分の生活の場として選び、イエスとともに世界の救いのために自分自身を捧げます」とあり、トラピスチヌ修道院発行の冊子によると、「私達が隠れた生活をするのは、キリストの心を学び、人々にもっと近づくためです」との事です。

また、厳律シトー会では「沈黙」も主要な価値の一つに数えられており、修道者は沈黙の生活を真摯に生きる事とされています。これは、決して喋ってはいけない、という事ではないのでしょうが(もしそうなら、そもそも共同体のコミュニケーションが維持できなくなりますからね)、修道者の一日の生活が神への思いで満たされるようにするため、不必要な事は極力話さない、という事らしく、沈黙を重視・実行する事で、いつ、何を話すべきかがもっとよく分かり、それは愛をもって話す事に繋がり、その事により神との一致が一層深くなる、という事らしいです。人と話す事が大好きな私には、このような沈黙の生活は、耐えられそうもないです…。


トラピスチヌ修道院から望む函館山

▲ トラピスチヌ修道院から望む函館山

トラピスチヌ修道院が建つ高台から望む函館山(標高334m)です。函館山の山頂から望む函館市街の夜景は特に美しい事で知られ、函館の夜景は香港、ナポリと共に「世界三大夜景」の一つとされ、ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン改訂第2版でも、「函館山からの眺望」は三つ星として紹介されています。

召命(神からの招き)に応じ誓願を立ててトラピスチヌ修道院に入り、只管神に祈り、神を観想し、聖書を読み、労働するという生活を送る修道女の方々も、ここからこうして函館山や函館の市街地を望む事があるのでしょうか。ちなみに、同修道院の場合、原則として修道女の起床時間は午前3時30分、就寝時間は午後7時45分です。


国鉄戸井線のアーチ橋の遺構

▲ 国鉄戸井線のアーチ橋の遺構

トラピスチヌ修道院の見学を終えた後は、函館市街地から椴法華へと向うため、海岸線に沿って国道278号を走ったのですが、その道路を走行中、戸井地区(旧戸井町)の汐首岬の辺りで車窓から見えたのが、上の写真の、重厚な雰囲気を持つ8連のコンクリート製アーチ橋です。このアーチ橋は、戸井線という、国鉄の鉄道未成線の遺構(というよりも残骸)で、ただ朽ちていくだけのボロボロの存在でありながら、周囲に対して圧倒的な存在感を示しています。

戸井線は、函館本線五稜郭駅と、戸井町(現函館市)に建設が予定されていた戸井駅との間を結ぶ、全長29.2kmの路線として昭和12年に建設が始まったのですが、全線の9割もの路盤を完成させていたにも拘わらず、戦争中の資材不足等から昭和18年に工事が中断され、以降、建設工事が再開される事のなかった未成線です。戦後、戸井線の一部区間函館市に払い下げられ、その区間は一般道、遊歩道、緑道などとして今も使われているそうですが、このアーチ橋とその前後の区間は、他の用途に転用される事なく60年以上もずっと放置されており、貴重な産業遺跡や遺構というより、もはや単なるコンクリートの残骸といってもいいような、かなり酷い状態になっています。大規模な補修工事をしないと、このアーチ橋が崩落するのは時間の問題かと思われます(一部は既に崩れています)。


素堀りのトンネルが連続する日浦洞門

▲ 素堀りのトンネルが連続する日浦洞門

国鉄戸井線のアーチ橋の遺構を見学した後は、蛇行しながら国道278号と並行している旧道(道道41号 函館恵山線)に入って、素堀りのトンネルが連続する日浦洞門走り貫けてきました。海岸沿いに連なるいくつもの岩を素堀りで造られた、細くて短いトンネルが連続するこの区間は、雄大な海と断崖絶壁に挟まれた迫力ある景勝地でもあり、手が届くほど津軽海峡が間近に迫っているためスリルもあり、ただ走っているだけでワクワクするような高揚感が味わえました。当然、大雨の時や波が高い時は、通行止めとなります。


椴法華八幡神社の御社殿内

▲ 椴法華八幡神社の御社殿内

研修会の会場となった、椴法華地区にある八幡神社の拝殿内です。お祭りの時には、左右の畳みに挟まれている中央の床板の上で、昨年8月6日付の記事で詳しく解説させて頂いた、あの松前神楽が奉納されるらしいです。ちなみに、同神社の登録上の正式名称は「八幡神社」ですが、他の八幡神社と区別するため、地元では「椴法華八幡神社」とも称されているようです。旧社格は「村社」です。


椴法華八幡神社の御社殿の天井

▲ 椴法華八幡神社御社殿の天井

研修会の会場となった、八幡神社の拝殿天井です。天井には数本の矢が刺さっており、事情を知らなければ「一体何事!?」と思ってしまう光景ですが、松前神楽には、奉納中に天井に向かって何本もの矢を射る所作があるらしく、それらの矢は外れたり弾かれる事が多いそうですが、たまにそのまま天井に突き刺さる事があり、これは、縁起が良いとして突き刺さった状態でそのまま保存されている状態との事です。同じ北海道に住んでいても、私は道南のこういった風習は、今まで全く知りませんでした。


白鳥大橋

▲ 室蘭のランドマーク 白鳥大橋

研修会の帰り、室蘭に立ち寄って、室蘭湾の湾口に架かる、関東以北最大の吊橋として知られる白鳥大橋(全長1,380mの自動車専用道)を渡ってきました。昭和56年に着工し平成10年に完成したこの橋は、一般国道37号の一部で、主塔の高さは札幌のテレビ塔とほぼ同じ140mもの高さがあり、主塔の基礎は海面から73mもの深さに達しています(20階建のビルが海面下に沈んでいるようなものです)。とても美しい吊橋です。

しかし、この橋は室蘭圏全体の人口が35万人になるであろうと想定されていた時期に計画された橋であり、平成17年についに人口が10万人を下回ってしまった、衰退が著しい現在の室蘭に、このような大規模な橋が本当に必要なのか、という議論は以前からあり、白鳥大橋を有用な観光資源として積極的に活用しようという動きがある反面、室蘭市民の中には白鳥大橋を“無用の長物である”を辛辣に批判する人も少なくはないようです。


(田頭)

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