西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

阪神淡路大震災から今日で17年

阪神淡路大震災 1.17のつどい

17年前(平成7年)のこの日、午前5時46分、兵庫県淡路島北部を震源とするマグニチュード7.3の大地震が関西地方(主に兵庫県南部)を襲い、死者6,434人、負傷者約44,000人、全半壊家屋512,882棟、被害総額推定10兆円もの甚大な被害を出す、未曾有の大惨事となりました。今もなお、3人は行方不明のままです…。

あの阪神淡路大震災から17年の歳月が経ち、被災地にはかつての傷痕はほぼ全く窺えなくなり、被災地で生まれ育った人であっても現在20代半ば以降の人でなければ、当時の記憶はもう無いであろうというくらいに世代交代も進みました。

しかし、世代交代が進んでいるという事は、震災の記憶を風化させる事なく次世代へと継承する事が次第に困難になりつつあるという新たな課題を発生させ(神戸市では震災を経験していない人が人口の3分の1を超えました)、また、震災で家を失った人達が移り住んだ復興公営住宅では1人暮らしの高齢者が増加の一途をたどっており、以前から問題化していた孤立対策の問題が更に深刻化しつつあります。被災地は復興を遂げたと言われてはいますが、神戸経済が依然として低迷が続けている事も、やはり震災後の大きな問題のひとつといえます。阪神淡路大震災の被災地のこういった現況は、もしかすると、昨年3月に発生した東日本大震災の被災地の、17年後の姿であるのかもしれません…。

今回は、東日本大震災が発生するまでは戦後最大規模の震災であった、あの阪神淡路大震災から、丁度17年の歳月が経った事に因んで、同震災が発生した当時の被災地の様子が写された写真をアップさせて頂きます。いずれも悲惨な光景ではありますが、私達日本人は、いつまでも決して忘れてはならない光景です。


阪神淡路大震災(倒壊した阪神高速道路)

▲ 倒壊した阪神高速道路

635mにも渡って横倒しになった、神戸市東灘区の阪神高速道路高架橋です。地震の強烈な揺れが収まりかけた瞬間、橋脚が根元から折れ出し、ゆっくりと傾きながら轟音と共に無残に倒壊しました。高架橋の上や下を走行していた多数の車を巻き込みながら…。この写真は、阪神淡路大震災の激しさを象徴する光景にもなりました。なお、同震災では、阪神高速以外にも多くの橋が倒壊し、各地で交通路が寸断されました。


阪神淡路大震災(危うく転落を免れたバス)

▲ 阪神高速道路から危うく転落を免れたバス

崩壊した西宮市内の阪神高速道路の高架橋から、間一髪で転落を免れたバスです。これも、阪神淡路大震災の激しさを象徴する光景として、当時はいろいろなメディアに掲載されました。


阪神淡路大震災(脱線した阪神電車と延焼する民家)

▲ 脱線した阪神電車と延焼する民家

神戸市東灘区の阪神本線上で横転した阪神電車と、その隣で激しく延焼する民家の様子です。阪神淡路大震災では、阪急阪神・JRを始めとする各鉄道も甚大な被害を被り、完全復旧までには時間を要しました。


阪神淡路大震災(山陽新幹線の高架橋)

▲ 橋脚が崩れた山陽新幹線の高架橋

橋脚が崩れた、明石市内の山陽新幹線の高架橋です。枕木を付けたまま宙に浮いている線路の様子から、地震の激しさが伝わってきます。この時、新幹線の車両はここを走っていなかったため、幸いにして鉄道乗客の犠牲者はゼロで済みましたが、もし震災発生時に新幹線がここを走っていたとしたら、「良くても脱線、悪くすれば転覆、最悪の場合転落して密集する民家をなぎ倒しながら…」という想像するに恐ろしい事態になってた可能性があります。


阪神淡路大震災(鉄筋が折れて崩落したビル)

▲ 鉄筋が折れて崩落したビル

神戸市兵庫区内で崩落したビルです。鉄筋が折れて窓ガラスや窓枠が周辺の道路に散乱し、各窓からはブラインドが垂れ下がった状態になっています。


阪神淡路大震災(崩落した5階建てマンション)

▲ 崩落した5階建てマンション

3階までが崩れ落ち、大きく傾いてしまった西宮市内のマンションです。当時はこういった衝撃的な光景が各所で見られました…。


阪神淡路大震災(炎上する長田区の民家)

▲ 炎上する長田区の民家

神戸市長田区は、阪神淡路大震災では火災による被害が最も大きな地区でした。黒みを帯びたオレンジ色の炎が、街を焼き尽くしました…。


阪神淡路大震災(焼け野原と化した長田区)

▲ 焼け野原と化した長田区

神戸市長田区には古い木造家屋が多かったため、次々と延焼し、辺り一面が焼け野原と化しました。ちなみに、昨年4月19日付の記事で紹介させて頂いた、全高18mもある鉄人28号のモニュメントは、この地区の復興の象徴として震災後に建てられたものです。


阪神淡路大震災(中央部が陥没した国道28号)

▲ 道路中央部が陥没した国道28号

神戸市兵庫区の国道28号では、道路の各所に大きな亀裂が入り、道路中央部は大きく陥落し、そこには大量の泥水が溜り、車が何台も沈むなどしました。


阪神淡路大震災(神戸高速鉄道 大開駅構内)

▲ 神戸高速鉄道の大開駅構内

国道28号の下にある地下駅で、ひとつ前の写真に写っている景色の丁度地下部分に当たります。御覧のように天井が大きく陥落し、駅そのものが完全に押し潰されており、もし震災発生時にここに電車が停まっていたとしたら、乗客に多数の死傷者が出て大惨事となっていた事は想像に難くないですが、幸いにも、ここに停まっていた電車(阪急三宮行きの6両編成の山陽電車)は地震発生の直前にここを発車していて、難を逃れました。


阪神淡路大震災(西宮市立中央体育館)

▲ 避難所となった西宮市立中央体育館

当時避難所となった西宮市立中央体育館を埋め尽くす被災者の皆さん方です。このような光景は、東日本大震災発生直後の被災地でも各所で見られました。


(田頭)

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