西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

笏(しゃく)

平成19年6月19日付の記事では、神職が神事の際に右手に持つ「笏」(しゃく)という、細長い長方形の薄板について解説をさせて頂きましたが、あの記事をアップしてからもう4年以上が経っており、今改めて読み返してみると、内容を修正したり補足したりすべき点が少なくはなく、また、あの記事を読んで当社に笏についての問い合わせをして下さったマスコミ関係の方々も何人かおられ、私にとっては意外だったのですが笏に対しての世間の感心の高さが窺え、そういった事から、今回は改めて笏について詳しく解説をさせて頂きます。前出の記事の改訂版としてお読み戴ければ幸いです。

北海道神社庁札幌支部から頂いた記念品の笏

正服を着装した神職

笏は本来、男性の官人が束帯を着用した際に威儀を整えるため右手に持ったもので、「笏」という字は通常は「こつ」と読むのですが(北海道民にとっては、支笏湖の笏という字でお馴染みです)、その音が「骨」と通じるためこれを忌んで「しゃく」と呼ばれています。笏の長さが凡そ一尺である事から「しゃく」と読むようになったという説もあります。

笏の発祥は中国で、前漢の時代に著された「淮南子」(えなんじ)に、「周の武王の時代、殺伐とした気風を改めるため武王が臣下の帯剣を廃し、その代わりに笏を持たしめた」とあるのが笏の起源と云われています。笏が中国から日本にいつ伝わったのか、その正確な時期は特定できませんが、絵画に於いては、聖徳太子小野妹子が描かれている画像等に見られる笏が今のところ最も古いとされている事から、推古天皇の御代に六色十二階の冠制が創定された時期に日本でも笏が使われるようになったのではないか、と推定されています。但し、笏を使用する事が国の制度して公式に明文化されたのは、推古天皇の御代から約1世紀後の文武天皇の御代に成立した大宝令からで、公式には、この大宝令が、日本での笏の起源となります。

下の画像は、上から順に、聖徳太子源実朝鎌倉幕府第三代将軍で、官位は正二位・右大臣)、保科正之会津藩祖で、江戸幕府第三代将軍徳川家光の異母弟)です。笏の持ち方が、現在の神職の持ち方とは必ずしも同一ではないのが興味深いです。

聖徳太子

源実朝

保科正之公

下の画像は、NHKで放送されている「おじゃる丸」というアニメ番組の主人公・坂ノ上おじゃる丸です。最近はこのおじゃる丸の影響で、かなり小さなお子さんも笏という言葉を知っている事が多く、地鎮祭などの外祭で、施主のお子さんが私の笏を見て「あっ、シャクだ!」と言う事が今まで何回かありました。初めてそう言われた時は、「何で君が笏を知っている!?もしかして、その歳で有職のマニアなのか!?」と驚いたものです(笑)。

おじゃる丸

笏の材質は、中国では身分に応じて象牙(鯨の骨も)を用いた牙笏(げしゃく)や、玉、鯨骨、竹などで作られましたが、日本では、律令の定めでは五位以上は牙笏とされたものの象牙は国内では入手が困難なため、専ら木で作られた木笏が用いられてきました。

大宝令では、「五位以上は牙笏、六位以下の官人は木笏」と定められましたが、延喜式では「五位以上は牙尺、白木笏通用、六位以下は木笏」と規定が緩められ、更に後になると、「天皇上皇は牙笏をお使いになられ、臣下は礼服の時だけ牙笏を使う」となり、やがて、常に木笏を用いる事が習いとなりました。江戸時代になっても、御即位礼の時、天皇が礼服御著用の時は牙笏が用いられていましたが、天皇であっても通常は木笏を使われ、今日では陛下も、笏は全て木笏を使っておられます。

木笏に何の木を用いるのか、という事については特に規程は無いのですが、無制限にどんな木でも使われているという訳ではなく、長い間に凡その型が出来ており、具体的にその種目を挙げると、櫟(いちい)、椎(しい)、福良(ふくら)、檜、榊、桜、柊(ひいらぎ)、樫、杉等が挙げられ、現代の神職は黒檀や紫檀製の笏を使用する事もあります。木笏の用材として最も好まれたのは、飛騨国の一宮水無神社の神領だった位山(くらいやま)に繁殖する櫟(いちい)で、位山で伐採された櫟の木から作られた笏は、一位の位階に通じる縁起物として珍重されました。木笏に椎(しい)が用いられたのも、同じく、四位に対する憧れからと云われています。

神職が笏を用いたのは、天平神護2年(奈良時代後期)に伊勢の神宮禰宜が許されて以来の事で、次第に諸国神社の神職へと広まっていき、現在、神社本庁の「神職の祭祀服装に関する規程」では、「男性神職の場合、正装・礼装・常装ともに木笏を用いる」と示されており、今日では神職の服装(衣冠斎服狩衣浄衣)の皆具(一揃えのもの)として一般的に用いられています。ちなみに、木笏の木目については、古来は板目が正しく柾目は宜しくないとされましたが、現代では制限は無く、各人の好みに従っているようです。

笏の形は、時代によって違いがあり、天皇が通常使われる御笏(おんしゃく)は上下の縁をどちらも方形(但し神事の時のみ上円下方)とし、臣下が使う笏は上下とも丸みを帯びたものとする(但し儀式などでは上円下方を用いる事もあったようです)とされてきましたが、現在の神職が用いている笏については、ほぼ一律に「上が広くて下が狭く、反りはなく平らで真直ぐなもの」が正式な形とされています。ちなみに、天皇の御笏が上下方直で角があったのは、天上天下を“方正”に治めていくという意味が込められていたためです。

笏の大きさについては、古くからまちまちで特に定めはなく、持つ人の身長の高低にも拠りますが、平安後期の「江家次第」では一尺二寸とされていました。現代では、大体、長さ一尺二〜三寸、上端の幅二寸二〜三分、下端の幅一寸四分、厚さ二部位のものが標準とされているようです。

下の写真の笏は、いずれも当社の神職が使用している笏です。右側の4本が宮司の、中央の2本が松澤権禰宜の、左側の3本が私(田頭)の笏で、私の場合は、社殿用、外祭用、神葬祭用と、用途により使い分けています(但し当社の場合、神葬祭のうち通夜祭・葬場祭・発柩祭・火葬祭では、笏ではなくを用いています)。

笏

下の写真は、家具職人である、私の小学校時代の同級生K君が、今年のお正月に当社に初詣に来てくれた際に私にくれた、K君自作の笏です。笏の現物を見た事が無いにも拘わらず、各種の木材からサンプルとして一気に8本も作ってしまったのですから、さすが職人さんです!

特製の笏(しゃく)

ところで、そもそも笏は何のために用いらるものなのでしょうか。「神社祭式行事作法教範」によると、笏の用途は「便宜のため」と「道理を立つるため」の二つに分けられており、その具体的な内容は示されていないのですが、前者の具体的な例としては、儀式などの複雑な作法を忘れないように必要事項を記した備忘の紙(笏紙)を内側に貼り付ける、老人が拝する時に笏を杖として起居する、闇夜で他人と擦れ違う時に笏を鳴らして揖(お辞儀)の代わりとする、文書等を笏に取り添えて持つ、笏をもって人を招く、笏をもって沓(くつ)を直す、修祓の時に大麻の代わりに用いる、などが挙げられます。

しかし、こういった「便宜のため」に笏を用いているという人は、今日の神職の中にはほとんどいません。現代の神職が笏を用いる用途は後者の「道理を立つるため」で、この用途は日本独自のものであり、笏が真直ぐである事に倣って自分自身の姿勢を正しくして、容姿・威儀を整え、心の歪をも正し、また、敬意が篭る敬礼作法として、神事で用いるのです。

笏の持ち方にもいろいろな作法がありますが、現代の神職の場合は、下の写真のように右手で持ち、親指と小指を内側に、残り三本の指を表側に見えるようにし、指2本と指3本で笏を挟むようにして持ちます。

松澤権禰宜と越川権禰宜

下の写真3枚は、いずれも当社で斎行された神事に於いて神職が実際に笏を使っている様子です。笏は、私達神職にとって決して欠く事のできない、とても大切なものなのです。

祖霊殿竣工祭

田頭権禰宜

田頭権禰宜

ちなみに、神職の中でも、笏法(笏を使う作法)は男子神職だけの作法と思っている方も少なくはないようで、実際、「神職の祭祀服装に関する規程」では「男子は笏、女子は扇(せん)を持つ」と示されていますが、女子が「水干」を着用した場合は「扇を本義とするが木笏を以って代える事ができる」とも示されており、また「女子が笏を持ちたる場合の作法は男子に準ず」とも記されている事から、現在では日々の神明奉仕に於いて日常的に笏を用いている女子神職も少なくありません。但し女子神職は、男子神職よりは小さな笏を持つほうが相応しいとされています。


参考文献(順不同) …… 『神道いろは 神社とまつりの基礎知識』神社本庁教学研究所監修(神社新報社)、 『縮刷版 神道事典』國學院大學日本文化研究所編集(弘文堂)、 『祭式大成 男女神職作法篇』小野和輝著(和光社)、 『素晴らしい装束の世界 いまに生きる千年のファッション』八條忠基著(誠文堂新光社)、 『神社有職故実』八束清貫著(神社本庁)、 『有職故実図典 -服装と故実-』鈴木敬三著(吉川弘文館)、 『カラー版 十二単のはなし 現代の皇室の装い』仙石宗久著(オクターブ)

(田頭)

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