西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

両御正宮での遷御の儀

今月2日付の記事では内宮皇大神宮)にて、今月5日付の記事では外宮豊受大神宮)にて、それぞれこれより「遷御の儀」が斎行されるという事を紹介させて頂きましたが、遷御の儀は、内宮・外宮の両御正宮でそれぞれ恙無く執り修められ、これを以て、「第六十二回神宮式年遷宮」の両御正宮における遷宮行事は、全てが無事に終了致しました。
誠に慶賀の極みであり、式年遷宮最大の重儀である両御正宮での遷御が無事に完遂された事を奉祝して、今回の記事では改めて、両御正宮での遷御の儀を振り返ってみたいと思います。


◆内宮での遷御の儀

今月2日、三重県伊勢市に鎮座する神宮(所謂、伊勢神宮)の内宮で、それまでの御正宮から、西に隣接する御敷地に造営された新宮へ神様にお遷り戴く祭儀「遷御の儀」が、厳粛に斎行されました。
手塚英臣掌典長を勅使に迎え、黒田清子臨時祭主、鷹司尚武大宮司、郄城治延少宮司以下百数十人の神職が奉仕し、また、皇室からは秋篠宮文仁親王殿下が、政府からは安倍晋三首相ら閣僚が参列し、全国の神社関係者達も多数参列しました。

午後8時前、明かりが消され一帯が闇に包まれ、天岩戸開きの故事による「カケコー、カケコー、カケコー」と鶏の鳴き声を模した三声が響いた後、大宮司少宮司らが奉戴する、天照坐皇大御神の御神霊が鎮まる御神体を囲む純白正絹のとばりを前後に挟んで、前陣と後陣に新調された太刀や弓といった御装束神宝を捧持した列次が、雅楽の調べと共にゆっくり厳かに、新宮へと神幸されました。


◆外宮での遷御の儀

内宮での遷御の3日後(今月5日)、外宮で、それまでの正宮から西隣の新宮へ神様にお遷り戴く祭儀「遷御の儀」が、小雨が降る中、厳粛に執り行われました。
内宮での遷御同様、手塚英臣掌典長を勅使に迎え、黒田清子臨時祭主、鷹司尚武大宮司、郄城治延少宮司以下百数十人の神職が奉仕し、また、皇室からは秋篠宮文仁親王殿下が参列されました。

午後8時前、明かりが消され一帯が闇に包まれ、鶏の鳴き声を模した「カケロー、カケロー、カケロー」の三声が浄闇の中に響いた後、大宮司少宮司らが奉戴する、豊受大御神の御神霊が鎮まる御神体を囲む純白正絹のとばりを前後に挟んで、前陣と後陣に新調された太刀や弓といった御装束神宝を捧持した列次が、雅楽の調べと共にゆっくり厳かに、新宮へと神幸されました。
天皇陛下は、内宮での遷御の時と同じく、出御の時刻に合わせて皇居内の新嘉殿南庭にて、神宮を遥拝されました。


◆遷御の式次第

遷御の儀の大半は秘儀であり、祭主や、大宮司少宮司以下神職達が御正殿で具体的にどのような所作をされているのか、その詳細はほとんど公開されていませんが、一般に公開されている範囲内で式次第をまとめると、概ね以下のようになります。
以下の文章(緑文字)は、神宮禰宜の小堀邦夫さんが著された「伊勢神宮のこころ、式年遷宮の意味」(平成23年・淡交社刊)からの転載です。

遷御の儀式の式次第をごく要点にかぎって整理すると、左のようになります。奉仕者の参籠潔斎は二夜、三夜とその役目の軽重によって異りますが、皇大神宮(内宮)の場合、百名以上の奉仕者が内宮斎館に参集しています。また、次の【1】〜【9】までの次第が、古式の式次第とほとんど変わるところはないことを付言しておきます。

【1】 準備が整ったら、勅使(朝廷側)以下が参進、つづいて神宮祭主以下が参進。

【2】 玉串行事所(正宮の手前の参道北側に設けられる)で、勅使以下、神宮祭主以下、太玉串を手に執り、再び参進して正宮へ向かう。

【3】 太玉串は内玉垣御門下に奉納される。

【4】 正殿の扉を開く。

【5】 召立文が読み上げられ、御装束神宝をそれぞれの役目の者が捧持する。

【6】 出御。鶏鳴三声ののち御形は仮御樋代にお移しし、さらに仮御船代にお納めしたのち、行障・絹垣に囲まれて、道敷の上を新宮へ向かう。なお、鶏鳴の役の者は、内宮では、カケカフ(う)と三度大きく唱え、外宮ではカケロフ(う)と鳴きます。

【7】 入御。召立文を読み上げ、読み上げられた御装束神宝を順次、殿内に奉納する。

【8】 正殿の扉を閉じる。

【9】 勅使が祭文を奏上したのち、奉仕者全員で八開手を拍ち、拝礼して、本儀は終了する。


◆遷御の儀に臨んだ人達の感想

下の絵は、この度の式年遷宮に奉賛して下さった協賛員(奉賛金額1,000円〜4,999円)の方々に記念品として配布されている「特別参宮章付き絵葉書」に掲載されている、昭和4年の遷御の儀が描かれている絵画(高取稚成「遷宮絵巻」)です。神職が捧げ持つ白い絹垣に囲まれた、神様の鎮まる御神体が、御正殿から出御し新殿にお遷りになる渡御の場面が描かれています。

遷御の儀 (高取稚成「遷宮絵巻」)

この項では、厳粛極まるこの渡御の場面に直接望んだ人々の感想を、2冊の書籍から転載し紹介させて頂きます。以下の文章(緑文字)は、「神宮 −第61回神宮式年遷宮をひかえて−」(昭和63年・神宮司庁)からの転載です。

かつて臨時出仕として御遷宮に奉仕された伊東深水画伯は、遷御を拝し、次のように語られました。
「私は生涯でこれ以上の恐ろしいショックを受けたことがない。白く大きななにものかが闇の中をゆらめいて動いてゆくのだ。絹垣という白いまくを十数人の神職が持ち、その中に御神体を大宮司らが捧持しているのだけれど、その形態は実に生きているのだ。ゆらめきつつ游動しつつ、意思あるもののごとく、新しい宮居に向って進んでいるのである。神厳とか神意とかいうより、これは恐ろしいといった方がよいだろう。」

以下の文章(緑文字)は、「遷宮ハンドブック」(平成17年改定第刷・神宮神道青年会)からの転載です。

第六十一回式年遷宮祭に奉仕、参列した人々からも多くの感想が寄せられた。代表的なものを紹介する(敬称略、肩書は当時)

渋川謙一(神社新報社社長)
深揖をしている前を神御が御動座。ただ行障、絹垣の裾が目に入るだけ。幽かに絹垣のゆれに従って空気が動く。神正に進み給う。神の実在を体認し得た瞬間と云えようか。後は再び闇。遷御の列の終りを供奉して新中重に進む。庭繚が点され遷御の終りを知る。

西村一夫(伊勢神宮崇敬会常務理事)
この幕の中に、御大神様が神職の皆さんに守られ、それぞれ必要な御神宝を従えて、静々と通られ、東の新しい御神座に向かって進まれるそのお姿は何とも言えないその尊さ、有り難さを暗黒の中では有りましたが、はっきりと目の前で拝見できました。今の私の幸せ、有り難さにこみ上げる涙、只々呆然としてひたすら大神様の御無事な御遷御をひたすら喜び続ける私でありました。

水谷光男(前伊勢市長)
ご神体を包んだ絹垣がまるで太古に続くタイムトンネルの中を一条の白い川が音もなく光芒を残してさかのぼり、流れて私を太古の昔へといざなってゆきました。楽師の奏でる雅びな調べはこの世のものとも思えず、祭列は西の御正殿から東の御正宮へと渡ってゆきました。姿なき「カミ」の姿は知覚されるものではなくて、人間の「魂」に直接ひびきあうものでした。

こういった感想からも、「恐ろしさ」を感じる事もある程に厳粛極まる、神宮の遷御の一端が伝わってきます。


(田頭)

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