西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

平岸で神葬祭を奉仕してまいりました

昨日と今日の2日間は、久々に神葬祭を御奉仕させて頂きました。
日本で行われる葬儀のほぼ9割は、僧侶により仏式で執り行われますが、神葬祭は、残り1割のほうに含まれる、神主により執り行われる神式の葬儀です。

今回の神葬祭宮司と私の2人による奉仕で、宮司は一昨日の枕直しから奉仕していますが、私は、昨夜の通夜祭と、今日午前中の葬場祭・発柩祭、今日のお昼過ぎの帰家祭を、それぞれ祭員として御奉仕させて頂きました。
ちなみに、今日のお昼頃に火葬場(札幌市里塚斎場)の告別室で斎行された火葬祭は、私一人での奉仕となったため、その火葬祭では、僭越ながら私が斎主として御奉仕致しました。下の写真は、その火葬祭が斎行された火葬場の告別室と、火葬祭の直後に最後のお祓いを行った炉前ホールです(この写真は札幌市保険福祉局が発行している札幌市里塚斎場のパンフレットから転載したものです)。

札幌市里塚斎場の告別室と炉前ホール


ところで、今回の神葬祭の奉仕は、私としてはいつもよりも緊張しました。
神葬祭というのは、故人の人生の最後を締めくくる厳粛極まる祭事ですから、奉仕する側の神職としては当然常に緊張感をもって奉仕しますが、今回は、それとは違う意味でも少し緊張したのです。故人は神社関係者ではありませんでしたが、その人徳や広い交友関係などから、参列者の中に数人、同業者(札幌支部管内の神職)がいたのです。
やはり、同業者がいる場での神明奉仕や霊祭奉仕というのは、(見ている側としては多分そんなに意識はしていないのでしょうが、見られている側としては)少なからずプレッシャーを感じます。祝詞(祭詞)の作文や奏上の仕方が上手か下手か、祭式が綺麗かどうか、などは同業者の目には判然としてしまいますから。

ところで、今回の神葬祭のうち、通夜祭、葬場祭、発柩祭、帰家祭などは、当社の近くではなく、平岸霊園(12,512区画ある広大な墓地)のすぐ近くにある、豊平区平岸の葬儀場(葬儀会社の会館)で斎行されました。平岸霊園の近辺には、その立地から、葬儀場を併設しているお寺や、葬儀会社の運営する葬儀場などがいくつか点在しているのです。
ちなみに、札幌市内にはいくもの霊園や墓地がありますが、平岸霊園は、里塚霊園や手稲平和霊園と共に、札幌市営の公園式墓地3つのうちのひとつです。蛇足ながら、私の御先祖様(田頭家)のお墓も、平岸霊園にあります。
西野神社の奥津城がある藤野聖山園や、巨大なモアイ像やストーンサークルなどで最近ではB級観光スポットとしても知られるようになった真駒内滝野霊園などは、市営ではなく、民間の運営による霊園です。

そういえば、平岸霊園の最寄駅である、地下鉄南北線南平岸駅は、今でこそその駅名が定着していますが、私が小中学生の頃は、霊園前という駅名でした。
駅の近隣住民から、イメージが暗い、縁起が悪い、との声が多く上がった事から、平成6年、地下鉄東豊線豊水すすきの〜福住間の延伸開業に合わせて、「霊園前」から、現在の駅名「南平岸」に改称されました。

里塚に火葬場が移るまでは平岸霊園に火葬場があった事も、今となってはもう知らない市民のほうが多いかもしれませんね。
墓地や火葬場の跡地は、ほとんど誰も住みたがらない事から大抵は公共施設が建てられますが、札幌市内であれば、平岸プールは火葬場の跡地に、中央区の曙小学校(廃校されましたが)や南警察署などは墓地の跡地にそれぞれ建てられています。


(田頭)

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