西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

東京大空襲、東日本大震災、長野県北部地震を、改めて振り返る…

第二次世界大戦末期にアメリカ軍により東京で行われた、焼夷弾を用いた大規模で凄惨な無差別爆撃「東京大空襲」は、昭和19年11月以降、106回にも亘って実施されましたが、それらの中でも特に、昭和20年3月10日に行われた空襲は、その日だけで死者数が10万人を超え、罹災者も100万人を超える大規模なものであったため、単に東京大空襲と言う場合、この日の空襲を指す事が多く、この空襲は、児童文学作家である早乙女勝元氏によると「史上最大規模の大量虐殺」でもありました。
我が国の首都を襲った、その忌まわしい東京大空襲から、昨日(3月10日)で、丁度73年が経ちました。

2年後に迫った2回目となる東京オリンピックに向けて、都内各所で大規模な再開発が急ピッチで進んでいる、現在の東京の活気ある街並みを見ていると、かつてこの都市に於いてそのような大量虐殺が行われたという事を、つい忘れそうになってしまいますが、私達日本人にとっては、「沖縄戦終結の日」「広島原爆の日」「長崎原爆の日」「終戦記念日」などと共に、「東京大空襲の日」も、決して忘れてはならない、あの戦争に纏わる重要な忌日です。

東京の街並み

その東京大空襲から丁度73年が経った昨日、関東大震災東京大空襲での身元不明の御遺骨が納められその御霊が合祀されている慰霊施設「東京都慰霊堂」では、秋篠宮同妃両殿下御臨席の下、仏式による慰霊祭(法要)が執り行われ、空襲の御遺族など約600人が参列し、全員で犠牲者を追悼し、平和への祈りを捧げられたそうです。札幌にいる私としては、さすがに直接東京都慰霊堂へとお参りに行く事は出来ませんでしたが、遠く離れた札幌の地より、心静かに鎮魂の祈りを捧げさせて頂きました…。
ちなみに、東京スカイツリーは昨夜、東京大空襲の犠牲者への鎮魂の思いを込めて、特別に白い光でライトアップされたそうです。



そして、今日(3月11日)は、我が国に未曾有の被害をもたらした、あの「東日本大震災」から、丁度7年が経ちます。
警察庁によると、3月9日現在の、同震災での死者数は1万5895人、行方不明者数は2539人にも上り、岩手・宮城・福島の3県によると、避難生活での体調悪化などによる震災関連死は約3600人で、悲しい事にこの人数は現在も増え続けています。
また、東京電力福島第1原発事故や津波などにより避難生活を送る人達は、ピーク時の約47万人からは大幅に減ったものの、それでも、復興庁によると福島県民を中心に今もなお約7万3千人もおり、それだけの多くの人達が、現在も全国各地で避難生活を余儀なくされています。

その大震災から7年目を迎えた今日は、東京都千代田区国立劇場で政府の主催により「東日本大震災七周年追悼式」が開催され、昨日執り行われた前述の東京大空襲の慰霊祭に引き続き秋篠宮同妃両殿下が御臨席し、また、安倍晋三内閣総理大臣三権の長や、御遺族の代表者達なども参列し、地震発生時刻の午後2時46分に合わせて、全員で黙祷を捧げました。
報道によると、安倍首相は式辞で、「7年の歳月が流れ、被災地では復興が一歩ずつ着実に進展している」と述べ、インフラの復旧や住宅再建が進んでいる事を強調し、その上で、今なお避難者が7万人を超えている事にも触れ、「生活再建のステージに応じた切れ目ない支援に力を注ぐ」と述べ、復興の加速に全力を挙げる方針を示したそうです。

政府主催の東日本大震災追悼式

私も今日は、いろいろな意味で余りにも衝撃的だった7年前の“あの日”に思いを致し、地震発生時刻に、一旦社務(仕事)を中断し当社の大前を通して、心静かに黙祷を捧げました…。



そして、明日(3月12日)は、日本有数の豪雪地帯に位置する人口約2300人の山あいの村・栄村で特に大きな被害が出た「長野県北部地震」からも、丁度7年が経ちます。
「栄村大震災」とも呼称されている、長野県下水内郡栄村と新潟県中魚沼郡津南町との県境付近で発生したこの地震は、最大震度6強で、本震に続いてマグニチュード5以上の2回の余震が2時間内に相次いで発生するという、大変大きな地震でありながら、世界史に残る程の大災害である東日本大震災発生の翌日だったため当時は津波福島第一原発事故の被害報道が優先されていた事と、地震の規模の割には幸いにも被害が少なかった事(死者数は、地震後の避難生活中の災害関連死と認定された3人で、負傷者は、数十人いたもののいずれも軽傷)などから、全国的にはほとんど報道されず、報道されてもその報道量は僅かで、そのためこの地震で被害の大きかった栄村は、実質“全国から忘れられた被災地”となってしまいました。

ところで、時々誤解される事があるのですが、この長野県北部地震は、東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震とは別の地震であり、発生した時期は極めて近接しているものの、東北地方太平洋沖地震の一部(余震)ではありません。
また、前出の「栄村大震災」という呼称は、「東日本大震災」のように政府が閣議で正式に定めたものではないため、公式な名称ではなくあくまでも一部の人達のみが勝手に言っている通称、と思っている人も少なくはないようですが、少なくとも、栄村の村役場が発信している公式サイトなどでは「栄村大震災」という言葉が今も使われているため、栄村大震災は単なる俗称で公式名では無い、と言い切ってしまうのは、やや正確に欠けます。

栄村大震災の被災地を視察される天皇皇后両陛下

上の写真は、その“忘れられた被災地”の横倉農村広場仮設住宅で暮らす被災者達に声をお掛けになる、天皇皇后両陛下です。多くの国民が忘れてしまっても(忘れたというよりも、そもそも最初からこの地震を知らないという人も多くいると思いますが)、両陛下が覚えていて下さるという事は、被災者にとってはとても心強い事であろうと思います。



このように、東京大空襲からは昨日で73年、東日本大震災からは今日で7年が経ち、そして、長野県北部地震(栄村大震災)からは明日で7年が経ちます。これらの空襲や災害で犠牲となられた方々の御霊の安らかなる事を、心よりお祈り申し上げると共に、改めて、衷心より哀悼の意を捧げます。
私達日本人はこれからも、これらの不幸な出来事を風化させる事なく、いつまでも語り伝えていなかければなりません!

以下の各記事は、今回の記事内容と少なからず関連があると思われる記事です。興味とお時間のある方は、これらの記事も是非併せて御一読下さい。

▼ 平成19年7月13日 「北海道空襲
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20070713
 … 東京大空襲についての記事ではありませんが、戦争末期に北海道各地で行われた空襲についてまとめた記事です。アメリカ軍による空襲は、東京などの大都市だけでなく、北海道でも行われました。

▼ 平成22年10月28日 「関東大震災から今日で90年
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20130901
 … 私はかつて、参拝・見学のため、関東大震災東京大空襲の慰霊施設である東京都慰霊堂を訪れた事があるのですが、これは、その時に撮影した東京都慰霊堂の写真等をアップしている記事です。

▼ 平成23年3月11日 「災害用伝言ダイヤルの使い方
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20110311
 … 東日本大震災が発生した日に、私がこのブログにアップした記事です。この記事をアップした時点では、まだ情報が錯綜しており、震災の規模や被害状況など具体的な事はほとんど分かっていませんでした。

▼ 平成25年3月18日 「映画「遺体 明日への十日間」
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20130318
 … 東日本大震災での遺体安置所に於けるドキュメンタリー映画の紹介記事です。この映画は私も観てきましたが、本当に悲しい映画でした。

▼ 平成26年3月12日 「被災地の復興を妨げる「政教分離」という名の壁
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20140312
 … 被災者の支援や被災地の復興を進める上で、それを阻むものとして宗教界が直面している大きな問題「政教分離」についてまとめた記事です。

▼ 平成26年8月28日 「被災地で語られる幽霊話
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20140828
 … 東日本大震災の被災地で語られている数々の幽霊目撃談についての考察記事です。

▼ 平成28年3月11日 「東日本大震災の発生から丁度5年が経ちました
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20160311
 … 震災が発生した平成23年3月から、平成28年3月までの5年間で、私がアップしてきた東日本大震災関連記事のリンク集です。

▼ 平成29年02月22日 「呼び覚まされる霊性の震災学
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20170222
 … 地道で綿密なフィールドワークを通して東日本大震災の当事者達がどのようにして「死者」と向き合っていったのかをまとめた論文集の紹介記事です。

▼ 平成29年03月11日 「震災から6年が経った岩手県沿岸部の現況
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20170311
 … 丁度1年前の今日アップした、東日本大震災に於ける岩手県沿岸部の被災状況や復興状況等についての報告記事です。


(田頭)

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