西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

平成最後の終戦記念日

今日は、73回目の終戦記念日です。
戦争で亡くなられた英霊をお祀りする東京の靖國神社全国の護国神社には、いつもにも増して多くの参拝者が訪れ、また、東京都千代田区日本武道館では、今年も例年通り、天皇皇后両陛下をお迎えして全国戦没者追悼式が政府の主催により開催されました。
平成の御代としては最後の開催となった同追悼式には、安倍晋三内閣総理大臣や各界代表者、全国各地の遺族ら約7千人が参列し、正午には、参列者全員により、約310万人の大東亜戦争戦没者(軍人・軍属約230万人と民間人約80万人の御霊)に対して1分間の黙祷が捧げられました。

ちなみに、御即位以降毎年欠かさす事なく全国戦没者追悼式に御出席されてきた今上陛下は、来年4月30日に御譲位されるため今日開催された本年の同追悼式が、最後の出席となられました。来年の同追悼式には、初めて“戦後生まれの天皇”となられる皇太子殿下が、第126代の新天皇として御出席される事になります。

全国戦没者追悼式

全国戦没者追悼式

私も今日は、正午に合せて1分間の黙祷を捧げ、73年前に終結したあの戦争で戦場に斃れられた御霊(みたま)や、戦禍によって命を落とされた御霊に、謹んで思いを致しました。


ところで、本日・8月15日が「終戦記念日」とされている事から、8月15日を以て戦争が終結したと理解している人が多いですが、その解釈は、実は必ずしも正確ではありません。
日本がポツダム宣言を受諾し終戦詔書が出されたのが8月14日、玉音放送と共に帝国陸海軍に停戦命令が出されたのが8月15日、日本が降伏文書に調印(ポツダム宣言を締結)して法的に戦争が終結したのが9月2日なので、厳密には、8月15日は「停戦の日」もしくは「玉音放送の日」という事になります。
実際、ソ連軍の侵攻は9月まで続き、その侵攻により日本領や満州国などでは多数の日本人が犠牲になっており、残念ながら現実には、8月15日を以て終戦という状況にはなっていません。
ちなみに、6年7ヶ月の占領期間を経てサンフランシスコ講和条約が発効され、日本が独立を回復したのは昭和27年4月28日なので、「終戦の日」といえるのは、むしろ4月28日のほうであるという解釈も出来ます。

とはいえ、私達日本人にとって、8月15日が終戦を象徴する特別な日である事は間違いありません。これは、昭和天皇の御存在が国民にとってそれだけ大きかったという事の現れでもあるのですが、やはり玉音放送があった事から、当時の日本人の心には特にこの日が強烈に印象付けられたのでしょう。
普段は、日々の仕事や家事等に追われて何かと忙しく、七十数年前の激動の時代(戦時中や終戦時など)を振り返る機会などはほとんど無いという方も、せめて8月15日というこの特別な日には、靖國神社護国神社・最寄りの神社などの大前を通して、もしくは御家庭の神棚の御前を通して、過去の日本を振り返って先人達の尊い犠牲に哀悼の念を捧げ、そして、当時、使命を持って、命かを懸けて、我が国を守った人達がいたという事に、思いを馳せるべきかと思います。

西野神社の大前で拝礼する参拝者



今日が終戦記念日である事に因んで、以下に、過去にこのブログにアップした終戦関連の記事を紹介させて頂きます。お時間と興味のある方は、是非御一読下さい。

以下の記事では、昭和20年8月14〜16日までの3日間のおおまかな流れ(終戦期の事件・混乱など)についてまとめました。
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20050815

以下の記事では、終戦に伴い当時の人達によって命懸けで執り行われた、北方領土に鎮座していた各神社から本土への御遷座満州に鎮座していた大連神社から本土への御遷座熱田神宮で行われた御動座についてなどを、紹介させて頂きました。
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20060208

以下の記事では、米英ソ3ヶ国による首脳会談「ヤルタ会談」への評価について書かせて頂きました。この会談での極東密約(ヤルタ協定)によってソ連の対日参戦が正式に決定し、ソ連は日本領の北方領土樺太を侵略しました。
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20060608

以下の記事では、昭和20年8月20日に樺太で起こった悲劇「真岡郵便電信局事件」について紹介させて頂きました。なお、この悲劇の主人公となった9人の乙女達は、その後、公務殉職と認められて、昭和48年に勲八等宝冠章が授与され、靖國神社にも御祭神として合祀されました。
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20060820

以下の記事では、昭和天皇から戦争の幕引きを託され、その大任を果たして昭和20年8月15日に内閣総辞職をして退陣した、日本史上最高齢の首相・鈴木貫太郎について、詳しく紹介させて頂きました。鈴木内閣の足跡を辿ってみると、日本が終戦を迎えるに至った道程がよく分かります。
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20070815

以下の記事は、鈴木貫太郎について詳述した直ぐ上の記事の、事実上の続編となる内容で、鈴木貫太郎と、その鈴木内閣で陸軍大臣を務めた阿南惟幾について、改めて詳しく紹介させて頂きました。
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20170815



(田頭)
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