西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

74回目の終戦記念日を迎えました

今日は、令和の御代となってからは初となる、74回目の終戦記念日です。
先の大戦で亡くなられた英霊をお祀りする東京の靖國神社全国各地の護国神社には、この特別な日、いつもにも増して多くの参拝者が訪れ、また、東京都千代田区日本武道館では、今年も例年通り、天皇皇后両陛下をお迎えして全国戦没者追悼式が政府の主催により開催されました。
本年5月1日に、初めて “戦後生まれの天皇” として御位に即かれた今上陛下におかれましては、初めての同追悼式御臨席となりました。

今日の同追悼式には、安倍晋三内閣総理大臣や各界代表者、全国各地の遺族ら計約7千人(付き添いも含む)が参列し、正午には参列者全員により、約310万人の大東亜戦争戦没者(軍人・軍属約230万人と民間人約80万人の御霊)に対して1分間の黙祷が捧げられました。
厚生労働省によると、本日の同追悼式に参列された御遺族の人数は、4歳から97歳までの5,391人で、御遺族も代替わりが進んだ事により、戦没者の配偶者は過去最少の5人となる一方、戦没者の子は2,751人で、全体のほぼ半数を占めたそうです。

令和元年 全国戦没者追悼式

私も今日は、正午に合せて1分間の黙祷を捧げ、74年前に終結したあの戦争で戦場に斃れられた御霊(みたま)や戦禍によって命を落とされた御霊が安らかでありますようにという事と、今私達が享受している平和と繁栄は英霊の尊い犠牲の上に築かれたものであるという事に、改めて、謹んで思いを致しました。

 

ところで、昨年は明治維新から丁度150年に当たり(今年は戊辰戦争終結から丁度150年ですね)、そのため各地でその奉祝行事等が行われ、政府主催の記念式典も開催されましたが、その明治維新が始まってから、つまり明治元年から、77年後に我が国は「終戦」を迎えました。そして本年は、その「終戦」から、更に74年目です。
つまり、約260年にも亘って続いた江戸幕府が崩壊しそれに代る新たな全国統一政権として薩長土肥などを中心とする明治新政府が成立してから、本年に至るまでの期間・約150年間の、大凡の中間、だいたいの折り返しが、「終戦」に当たるのです。

今から七十数年前に、我が国が米英をはじめとする連合国諸国と激しい戦争をしていたという事実を、「もう70年も昔の事なのか」と感じるか、もしくは「まだ70年しか経っていないのか」と感じるかは、人それぞれにより異なると思いますし、更に、その「終戦」から七十数年前には、まだ幕府という武家政権やその残存勢力が存在し国内は内戦状態にあったという事実(戊辰戦争)についても、「そんなに大昔の事なのか」「まだそんなに最近の事なのか」と感じるかは人それぞれでしょう。
そういえば、私が小学校低学年くらいだった頃には、明治直前の年号である「慶応」生まれの方も、まだ御健在でした(もっとも、そういった方はその当時でさえも、「ほぼいない」と言い切って差し支えない程に相当珍しい存在ではありましたが)。

普段は、日々の仕事や家事等に追われて何かと忙しく、七十数年前の激動の時代(戦時中や終戦時など)を振り返る機会がほとんど無いという方も、せめて8月15日というこの特別な日には、靖國神社護国神社・最寄りの神社などの大前を通して、もしくは御家庭の神棚の御前を通して、先人達の尊い犠牲に哀悼の念を捧げ、当時、使命を持って、命かを懸けて、我が国を守った人達がいたという事に、そして、幕末の動乱期や戊辰戦争を経て明治維新から始まった我が国の近代国家としての歩み、その約150年の歴史の連続性に、思いを馳せるべきかと思います。

祈り

 

ちなみに、今月は、6日が広島原爆忌、9日が長崎原爆忌、12日が航空安全の日(日航機が群馬県御巣鷹山に墜落し520名が死亡した、史上最大最悪の航空事故が起きた日)、13日が月遅れお盆迎え火・西野神社奥津城夏季霊祭、本日15日が月遅れお盆・旧お盆・終戦記念日・全国戦没者追悼式、16日が月遅れお盆送り火京都五山送り火・松島灯籠流し、19日が神州不滅特別攻撃隊散華満州で行われた、ソ連軍戦車隊への日本陸軍航空機による特攻自爆)の日、20日が真岡郵便電信局事件ソ連軍の襲撃を受ける中、9人の日本人女性が電話交換手としての仕事を全うして公務殉職した事件)の日、21日が占守島の戦い(千島列島東端の占守島で行われた日本陸軍ソ連軍との間の戦闘で、日本軍の死者は256名)停戦日、22日が三船殉難事件(北海道の留萌沖で、樺太からの引揚者を乗せた日本の船3隻がソ連軍の潜水艦から攻撃を受け、1,708名以上が犠牲となった事件)の日、25日が樺太の戦い(日本の内地であった樺太南部で日本軍とソ連軍の間で行われた戦闘で、日本軍の死者は700~2,000名、日本人民間の死者は3,500~3,700名)停戦日であり、8月は、慰霊の日々が続きます…。

 

文責:西野神社権禰宜 田頭