西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

本年の祇園祭の事例から考察する、神社のお祭りの本義

全国各地の八坂神社やそれに類する神社(祇園信仰の神社)の総本宮とされる、京都市東山区祇園町に鎮座する、旧官幣大社八坂神社」の、特に代表的な祭礼といえば、やはり、京都を代表する夏の風物詩として全国的にも広く知られている「祇園祭(ぎおんまつり)」ですが、今月は丁度、その祇園祭のシーズンです。

平成28年 祇園祭の宵々山

 

祇園祭は、毎年7月1日の「吉符入」から同月31日に斎行される境内摂社の祭事「疫神社夏越祭」まで、丸1ヶ月の長期に亘って各種の神事・行事が繰り広げられる大規模な祭礼で、賀茂御祖神社賀茂別雷神社の「葵祭」や平安神宮の「時代祭」と共に京都三大祭りのひとつに数えられ、また、古来から大阪天満宮の「天神祭」や神田明神の「神田祭」と共に日本三大祭りのひとつにも数えられている、京都のみならず我が国を代表するお祭りでもあります。

私も祇園祭には以前から強い関心を持っており、このブログでも過去に2回、祇園祭を大きく取り上げた事がありますので、興味のある方は、以下のそれらの記事も併せて御一読下さい。

▼ 「宇治市内各神社や祇園祭の山鉾等を見学してきました」
https://nisinojinnjya.hatenablog.com/entry/20160718

▼ 「八坂神社の祇園祭を見学したり、石清水八幡宮を参拝したりしてきました」
https://nisinojinnjya.hatenablog.com/entry/20180721

 

西野神社は八坂神社のように素戔嗚尊スサノオノミコト)様をお祀りする神社ではなく、そもそも祇園信仰の神社でもなく、また、当社の神職うちの誰かが過去に八坂神社で奉仕・助勤・神務実習などしていたといった事もないため、当社自体は、八坂神社と直接的な関係は何らありません。
しかし、報道やSNSなどを通して今月京都で粛々と執り行われている祇園祭の様子をみると、「コロナ禍といわれる現在の厳しい状況下に於いても、神社のお祭りの本質は何ら変わるものではない」「何が起きても神事は続けられるし、続けるべきもの」といった事がよく分かり、そしてそれは、私が前回の記事で述べた内容(本年の西野神社秋まつり  では多くの行事が中止されるのに、なぜ宵宮祭と例祭だけは中止しないのか、という事)とも密接に関わってくる事なので、今回の記事では、当社と直接関係がある祭事ではありませんがあえて八坂神社の祇園祭について、三たび大きく取り上げてみたいと思います。

祇園祭の山鉾巡行
祇園祭の山鉾巡行

 

祇園祭の概略は、前出の過去の記事2本でも述べた通りなので一部重複しますが、概ね以下の通りです。
祇園祭は、疫神怨霊を鎮める祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)が起源で、平安時代貞観11年(869年)、全国的に疫病が流行した際にその退散を祈願し、勅を奉じて神泉苑に当時の国の数に因んで66本の鉾を立てて牛頭天王(ごずてんのう)をお祀りしたのが始まりと云われています。
室町時代には現在のような山鉾が出現し、山鉾の数は年毎に増えていき、応仁の乱によって祇園祭が中絶した事もありましたが、明応9年(1500年)には復活し、以後、町衆の努力によって山鉾の装飾にも贅が尽くされるようになり、近世には度々の火災でいくつもの山鉾を焼失しましたが、その都度、町衆の心意気によって再興し、今日に至っています。

つまり、祇園祭とはそもそも、疫病を鎮めるための神事・祭礼であり、まさに、日本のみならず全世界が新型コロナウイルス感染症拡大への対応に苦慮しているこの現況こそ、執り行うに相応しい祭礼といえます。
しかし、例年は京都中心部の都大路に建ち並ぶ、祇園祭の “華” ともいえる壮麗な山鉾は、本年の祇園祭では全く建っておりません。例年のように沢山の山鉾が建てられると、人々が密集する状況は避けられず、そのため祇園祭山鉾連合会が、「疫病が流行っている今、疫病退散を願う祇園祭山鉾巡行を中止するのは本末転倒だ、といった意見もあるのは承知しているが、それを決行して、疫病退散を本義とするお祭りで病人が出てはそれこそ本末転倒だ」として、本年は山鉾を建てない事を正式に決定したからです。
また、同様の理由から本年は、八坂神社の御神霊を中御座・東御座・西御座の3基の御神輿で御旅所に迎える神幸祭と、それに伴う神輿渡御も中止されました。
それら以外の行事・神事も、本年は自粛したり規模を縮小するなどしており、そのため本年の祇園祭は、例年に比べるとかなり寂しいお祭りになっている感は否めません。

 

しかしその一方で、本年の祇園祭では初めて、中止になった神輿渡御に代わる神事・行事として、馬上に神籬を奉安して四条寺町の御旅所へ渡御する「御神霊渡御祭」が執り行われました。
前述のように祇園祭応仁の乱により中断した時期があったのですが、その際に当時の幕府は、御神霊をお遷しした榊を神籬として立てて、それを以て焼失した御神輿の代わりとして神幸を再開するように命じました。しかも、一回ではなく同じような命令を何回も出しています。
結局、お祭りまでに御神輿の修造が間に合った事により、その計画は実行されなかったのですが、コロナ禍といわれる昨今の現状を受けて、何と、令和の御代となった明年の本年、室町幕府によるその計画・命令が初めて実現される事となったのです。

令和2年 祇園祭 渡御の様子

つまり、例年は3基の御神輿が本社から御旅所へと渡御し、そして御旅所からまた本社へと還御されるのですが、本年についても、神輿渡御と山鉾巡行自体は中止になったものの八坂神社の御神霊は例年通り御旅所へと遷られ、神事はきちんと行われたのです。
普段は壮麗で派手な山鉾の巡行が目立ち過ぎる故、つい忘れてしまう人もいるようですが、山鉾巡行は、祭事の上での位置付けはあくまでも神輿渡御の “先触れ” であり、祇園祭は、八坂神社の御神霊が鴨川を越えて洛中の御旅所に渡御する事こそが本義なのです。そしてその本義は、形を変更・縮小しながらも、今年もしっかり守られたのです。
以下の投稿3件は、いずれも京都市門川大作市長が今月、SNSのフェイスブックに投稿したものです。本年の渡御の様子などはこちらに写真が掲載されています。

祇園祭...

門川大作さんの投稿 2020年7月17日金曜日

祇園祭後祭。御旅所で参拝。木村山鉾連合会理事長はじめ関係者、後祭各山鉾保存会代表、八坂神社神職の皆さんとともに、疫病退散、コロナ禍の収まり等を心をこめて祈願。動く美術館とも称される豪華観覧な山鉾巡行は三密回避、感染拡大防止のため自粛、しか...

門川大作さんの投稿 2020年7月24日金曜日

祇園祭...

門川大作さんの投稿 2020年7月24日金曜日

 

八坂神社の御神霊が御神輿ではなく神籬により渡御されたのは、1151年の祇園祭の歴史でも初めての事となりましたが、これは神社として、新型コロナウイルス感染症の拡大阻止に十分配慮しながらも祭祀の厳修を最重視した結果の英断であり、更に本年は、祇園祭発祥の地ともされる神泉苑に於いて、東寺真言宗との合同で新型コロナウイルス感染症の早期収束を祈る「祇園御霊会」を神仏習合の形で執り行うなどもしており、八坂神社や山鉾連合会、その他関係の方々は、本年も祇園祭の起源や本来の趣旨に則り様々な形で、疫病退散の祈りを捧げております。

今年は壮麗な山鉾が建てられず、宵山も無しで、前祭・後祭共、山鉾の巡行も中止、更に、勇壮な神輿渡御も中止され、神幸祭還幸祭も斎行されないため、地元の京都市民の間でも、一部からは「今年の祇園祭は中止になったんだって」といった声が聞こえているようですが、以上の経緯や現状からも、祇園祭は本年もきちんと行われており、お祭りは決して途切れていない、という事がお分かり戴けると思います。

 

祇園祭の規模が大幅に縮小されたのは確かに寂しい事ですが、それは勿論、今の御時世では仕方が無い事ですし、例え規模が縮小されても、平年とは形を変えつつも祇園祭本来の趣旨に則り、感染拡大防止にも最大限配慮しながら疫病退散とコロナ禍収束を願って神事が粛々と執り行われている事には、ホッと安堵すると共に感銘も受けます。
例えこういった形になっても「おまつり」が執り行なわれたのは素晴らしい事だと思いますし、関係者の皆様方の御決断には、改めて敬意を表します。

私は本年の祇園祭の事例から、祇園祭の真の意味を再認識すると共に、祇園祭に限らず神社の祭事というものは「外見や内容が一部変わったとしても、おまつりの本質自体は何ら変わらない」という事を強く実感させられ、更に、僭越ながら偉そうに言わせて頂くと、「全国各地の神社にとっては、本年の事例が経験となって、今後は何が起きてもお祭りを続ける事の意味の深さに改めて思いを致す事になったのではないだろうか」とも感じました。

 

文責:西野神社権禰宜 田頭