西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

文月会退会講演「私とPC・ネットとの関わりについて」

社務所のパソコン

 

北海道神社庁札幌支部 管内(行政地域でいう所謂 石狩管内)の青年神職達によって構成される、神主の青年会「北海道神社庁札幌支部青年神職文月会」(以下、文月会と略)の、年度末恒例の行事「退会会員送別講演会」が、本日夕刻、某お宮の社務所で開かれました。

これは、退会年齢に達した事により文月会を退会(卒業)する会員が、退会するに当たって現役会員達に講演をする行事で、今回の退会会員送別講演会では、今年度を以って文月会を退会される某神社禰宜のS会員と、それに、既に昨年度を以って同会を退会しているのですが昨年度の講演会はコロナ禍のため開催が中止されたため今回繰り越しでお招きに預かった2人(私と、文月会の元会長でもある某神社宮司のYさん)の、計3人が、主賓(退会会員)として講演をさせて頂く事になりました。

しかし、折角このような機会を設けて下さった文月会の皆様方には大変申し訳ないのですが、私は、残念ながら諸般の事情により、今日の講演会は欠席させて頂きました。本当に申し訳ありません…。
ただ、今日の講演会に出席出来ない事は1ヶ月程前から分かっていた事でもあったので、文月会の担当者には予めその旨お伝えし、その上で、私が昨年の講演会で読む予定だった原稿をお渡しし、本日の講演会ではその原稿を、私本人に代わって皆様の前で代読して戴くという形で対応して貰う事になりました。

拙い内容ではありますが、以下にその原稿を転載しますので、お目汚しとなってしまい恐縮ですが、もしお時間と興味のある方は、御一読戴ければ幸いです。
但し、神社名(西野神社以外)やその他の団体(京都國學院以外)、個人名(西野神社の神職以外)などの固有名詞については、この記事に転載するに当たって、それぞれ実名からイニシャル(アルファベット1文字)に改変しました。
また、文月会に提出した原稿には書かれていた内容の一部(私が京都國學院に入学願書を提出する際に札幌市内の某神社の宮司さんに推薦状を書いて貰った経緯、私が妻と結婚した経緯、ウィキペディアでの各神社のページについての記述など)も、削除させて頂きました。御了承下さい。



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皆様こんばんは。昨年度を以って文月会を退会致しました、西野神社権禰宜の田頭寛です。
この度は、主賓のひとりでありながら、諸般の事情によりこの場への出席が叶わず、このように原稿を代読して戴くという形で失礼する事になってしまい、申し訳ありません。

コロナの影響で開催直前に中止となってしまいましたが、昨年3月に開催予定であった退会会員送別講演会には出席させて頂くつもりでおりましたので、その際に皆様の前でお話しさせて頂こうと思ってまとめていた文章があり、今回は、丁度1年前に書いていたその原稿を、ほぼ手直しせずそのままの状態で文月会に提出し、それを皆様の前で代読して戴くという形を採らせて頂く事としました。
そのため、今となっては所謂「オワコン」と化している感のある「ブログ」や「メルマガ」といったオールドメディアについて言及していたり、また、原稿の中で述べている今年・昨年・何年前といった箇所は全て、原稿を書いた時点の昨年3月を起点にしたままであったり、本来であればきちんと修正すべき箇所が多々あるのですが、その点は御容認・御容赦戴ければ幸いです。

それでは、大変拙い話で、皆様方にはつまらないと思われるようなお話となってしまうかもしれませんが、私の思うところなどをお聞き下さい。

平成27年11月7日 講座「憧れの御朱印デビュー♪」



文月会を退会するに当たって、現会員の皆様方に一体何をお話ししようか、といろいろ考えたのですが、昨年、過去に文月会の会長を経験された事もある、ある方から、「ネットとの関わりについて話をされてはどうでしょうか」とアドバイスを戴いた事もあり、今回は、私と、PCやネットとの関わりについて、私はパソコンやインターネットを今までどのように利用なり活用なりをしてきたかという事を、拙い内容ながらお話しさせて頂こうと思います。

 

私は、神社での社務に於いても、またプライベートに於いても、日常的によくPC、所謂パソコンを使っています。
実は、Excel の使い方については、恥ずかしながら未だによく分かっていないのですが、とりあえず Word であれば、自分が作成したいと思った通りのイメージ・レイアウトで大抵の文書は作れますし、ホームページの作成や編集なども、専用ソフトを使わずに、ウィンドウズに標準で入っている「メモ帳」などのテキストエディターで直接行う事が出来ます。
そのため、PCは、まぁ、そこそこ使いこなしているほうかな、と自分では思っています。

とはいえ、私なんかよりもPCに精通し、より深くPCやネットを使いこなしている人というのは、表現は悪いですがそれこそ世の中には掃いて捨てる程いる訳で、そういったレベルの高い人達に比べれば、PCについての私の知識やスキルなどは、全然大した事はありません。
例えば、今回私と一緒に退会されるYさんは、皆様方もよく御存知のように、パソコンやネットなどについては、それでメシを食っているプロの人達と同レベルくらい大変精通しておられ、そういった「上」の人達とは、私のレベルなど比べるべくもありません。

ところが、私の過去を振り返ってみると、これは “たまたま” なのですが、なぜか私の直ぐ近くではPCやネットに精通している人がいつも少なく、それ故、PCに関しては中途半端な知識しか持ち合わせていないにも拘らず私はいつも「パソコンに詳しい人」というイメージで周囲から見られる事が多く、その一方的なレッテルにプレッシャーを感じつつも、そのイメージ故に、上司や先輩、同僚などから頼りにされたり、本来であればまず出会う機会のない人達とお会いする機会を得たりと、だいたいいつも下っ端のポジションでありながら意外と役得が多かったのも事実です。

年末の諸々作業風景

 

私は神職になる前、年齢でいえば20代前半の頃ですが、当時 札幌駅前にあった「西武百貨店 札幌店」というデパート、私よりももっと上の世代の方々には「西武」という名前よりも「五番館」と言ったほうが馴染みがあるかもしれませんが、そのデパートの中にテナントとして入っていた書店で、アルバイトのひとりとして勤務しておりました。
東京に本社を置く、書店業界では国内最大手の会社が、札幌西武の店内に出店していた書店だったのですが、その書店には当時、私と同世代の社員やアルバイトが大勢いたにも拘らず、なぜか私以外に日常的にパソコンを使っている人がほとんどいませんでした。

そのため私は、店内にいくつか設置されていたパソコンでのトラブルの対処や、パソコンを使ってのラベル・看板等の作成など、PC関連の作業を上司からよく依頼されたのですが、そういった作業は当然、お客さんから直接見えるカウンターなどではなく、事務室や倉庫など裏方での作業となるので、それがきっかけで、本来は接点が薄いはずの事務職の方と日常的に親しくお話しする機会を得、その人間関係から自分自身の視野を広げる事が出来ました。
また、精神的にも、常にお客さん達の目に晒されて背筋を正していなければならないカウンターでの接客業務よりは、倉庫や事務室で一人でパソコンに向かって黙々と行っている作業の方が、はっきり言って気が楽でもあり、言い方は悪いかもしれませんがその分、他の人よりちょっと楽をさせて貰っていたような気もします。

書店の倉庫にて

 

そして、その書店でのアルバイトを辞めた後、今度は、全く別の会社が札幌駅の地下に出店していた書店で、新たに契約社員として勤務し始めました。
その書店は、札幌に本社を置く地元企業が出店していた書店だったのですが、その会社にも、どういうわけかやはりパソコンを扱える人が少なく、そのため私は一介の契約社員の身でありながら、パソコンでの作業のため時々本社に呼ばれ、本来であればまずお話する機会のない社長や常務など役員の方々とお話する機会に恵まれました。

一介の契約社員が役員と直接お話し出来るという状況は、逆に言うと、その会社はそれだけ規模が小さかったから、という事でもあり、また、パソコンでの作業のため時々本社に呼ばれていたとはいっても、私はそこで特別な作業をしていたわけではなく、実際には、パソコンがフリーズした時の対処をしたり、社員全員分の名札を会社のロゴ入りで作ったりと、日常的にパソコンを使っている人であればほぼ誰もが出来るような事ばかりをしていました。
それでも、当時の私は上司達からは「パソコンを使いこなしている人」と認識され、そのプレッシャーや過大評価に戸惑いながらも、会社から期待された自分の役割を果たすべく、日々パソコンに向かい合って諸々の作業をしていました。

結局その書店は、「バイクで日本一周をする」という夢を実現するため、入社してから1年半後くらいには退社したのですが、お蔭様で、退社する日には社長室に呼ばれ、社長から直々に餞別と記念品を手渡され、その際には役員の方々からも拍手され、一介の契約社員としては最高に円満な形で退社する事が出来ました。
もし私にパソコンのスキルがなければ、私如きが本社に出入りする事はなく、自分が勤務していた店の人以外の社員からは誰からも名前を覚えられる事もなく、ひっそりと退社していた事は間違いありません。

 

そして、私は20代半ばで日本一周ツーリングを行い、バイクで自走する手段が無い津軽海峡だけは船を使ったものの、それ以外は全て陸路を自走して、札幌から鹿児島までを排気量250㏄のバイクで走破しました。

日本本土縦断ツーリング(門司港駅)

その後、鹿児島からの帰路に於いて、私は愛知県内で交通事故に遭って左足の付け根付近を骨折してしまい、骨折した箇所をボルトで固定する手術を受けるため、愛知県西尾市の病院に長期入院する事になり、そこで日本一周は中断せざるを得なくなってしまいました。
しかし、それからいろいろな経緯があって、私は札幌に帰って来てから神職になる事を決意し、G神社のS宮司さんに推薦状を書いて戴き、27歳の時、神社本庁指定の神職養成機関のひとつである「学校法人 京都皇典講究所 京都國學院」に入学しました。

(  中  略  )

 

そして、京都國學院に入学してから卒業するまでの2年間の学生生活に於いても、有り難い事に私のパソコンのスキルはかなり活かす事が出来ました。

当時の京都國學院には、どちらかといえば私よりも歳下の学生が多かったため、最近は小中学生の頃から学校ではPCやネットに関する授業が行われていると聞いていたので当然私よりもパソコンを使いこなせる人が多いだろうと思っていたのですが、意外な事に、京都國學院でも、当時はなぜか日常的にパソコンを使いこなしている学生はほとんどいませんでした。
更に、京都國學院は全寮制なのですが、同期の学生達の中では私のみが寮内でインターネットに接続できる環境を構築していて、自分のノートパソコンにPHSを接続してホームページなどを見ていたのですが、そういった事からここでも私は、周囲から「PCやネットに詳しい人」と見られました。
また、私は在学中、独自に京都國學院の非公式ホームページを立ち上げたのですが、そのホームページがきっかけとなって京都國學院関係者以外にも徐々に人間関係が広がっていきました。

京都國學院 非公式HP「あおたけ」 トップページ

振り返ってみると、この「人間関係が広がる」という効果が、私が今までPCやネットを使ってきた事で受けた、最大のメリットだと思います。
特に、京都國學院ホームページ内に開設した電子掲示板には、京都國學院に限らず神職養成機関に入学を希望する人、京都國學院や他所の養成機関を卒業された現役の神職の方、他所の養成機関で講師をされている方など、実に多くの方々が書き込みをして下さり、そこで知り合った方の一部とは、現在でも交流が続いています。

しかし、京都國學院に在学していた学生だった当時に限っていえば、PCやネットを使っていた事による一番の効果は、間違いなく、PCを使っていた事がきっかけとなって西野神社への奉職が決まった事です。
私は札幌で生まれ育った人間であるため、地元である札幌の神社への奉職を希望していたのですが、当時は、札幌に限らずそもそも北海道内の神社からの求人自体がほぼ無く、そのためなかなか奉職が決まらず、卒業が近づくにつれ私は段々と焦りを感じていました。
しかし、その状況が変わったきっかけは、やはりPCでした。卒業を2ヵ月後に控えた1月のある日、私は寮内の自分のパソコンから、E神社さんの電子掲示板にたまたま書き込みをしたのですが、私のその投稿を、偶然、西野神社の須浪宮司が読んで下さったのです。

その時私が掲示板に投稿した文章は、切羽詰っていた奉職の件とは全く関係の無い内容で、私の先祖にはこういう人がいました、という他愛のない内容の投稿でした。
しかし私のその投稿を、たまたま西野神社宮司が読んで、当時私が作成・管理していた京都國學院の非公式ホームページも併せて見て下さり、その上で、「E神社さんの掲示版を読みました。札幌の出身で、今は京都で神職になるための勉強をしているそうですが、札幌に戻って来る気はあるのですか?」といった内容のメールを私に送って下さったのです。私にとってはまさに「渡りに船」であり、大変有難い事でした。

当時、西野神社では、私が入社する前年にたまたま私と同じ年齢の職員が一人辞めていたため、一人欠員が生じており、そのため宮司は、職員を新たに一人職員を採用する事を検討し、探していたらしいのです。
しかし、その当時、西野神社神職養成機関に求人を出していた訳ではなかったので、もし、宮司も私もPCを日常的に使っていなければ私達の間に接点が生じる事は無かったはずなのですが、幸いな事に宮司と私はどちらも日常的にPCを使っていて、今から16年前の当時のあの状況でどちらもインターネットに接続出来る環境でもあったため、西野神社と私の間に接点が生じ、それがきっかけとなって私は宮司と何度か連絡を取り、面接を受ける事になり、そして職員として採用して戴く事となりました。

神社界というと、世間一般では、古代から連綿と続く極めて伝統的で保守的な古い社会、と思われがちで、それはそれで実際その通りだと思いますが、私の場合は、インターネットという現代を象徴する文明の利器を通して西野神社宮司と知り合い、それがきっかけとなり、西野神社に奉職するに至ったのです。

NHK「ほくほくテレビ」生中継

 

そして平成16年の4月、29歳で晴れて神職として西野神社に奉職を果たしてからも、PCについての私のスキルは、神社での社務や文月会での会務に、また活かす事が出来ました。
まだ、札幌支部管内の神社の多くがホームページを持っていなかった中、西野神社では、宮司の考えにより道内の神社の中ではかなり早い時期から自社のホームページを立ち上げ、ネットを使って広報や教化の活動を行っており、それ故私も、西野神社のホームページに関わる事が少なくはなく、また、私がホームページを作成し更新出来るスキルがあった事から、当時S神社の禰宜であったT先輩が会長を務めていた文月会からも、会の公式ホームページの更新・管理を依頼され、そのため西野神社に入社した年の翌年には、神職としてはまだ「ド新人」という立場ながら、早くも会のホームページ担当者として文月会から役員待遇の扱いを受けました。

文月会ホームページ(平成22年)

当時の私はまだ文月会の正式な役員ではなかったにも拘らず、毎月1回の頻度で開かれる文月会の役員会にほぼ毎回出席させて頂き、また、支部の事業を文月会のホームページで告知・案内する時には、札幌支部の役員会にも出席させて頂き、文月会支部の内情等を、新米神職としてはかなり早い段階から勉強させて頂く事が出来ました。
その後、E神社のU宮司さんからの推挙により、「北海道神社庁ホームページ委員会」へも、1区代表の委員として出向させて頂き、神社庁ホームページ委員会では、現在神社庁の理事であるFさんが委員長だった期に、僭越ながら副委員長も務めさせて頂きました。
PCについての私のスキルは、神職になってからも確実に役に立ったのです。

北海道神社庁ホームページ委員会
北海道神社庁 会議室

 

特に、私は西野神社に入社した翌年から西野神社のブログを担当するようになったのですが、それ以降は社務に於けるPCを使っての作業の比重が、一層増える様になりました。
当社の宮司から初めてブログを担当するように言われた時は、まだ「ブログ」という言葉の意味すら知らなかったため正直戸惑いましたが、今では、ブログの担当を任されて本当に良かったと思っています。
なぜなら、このブログは現在もまだ更新を続けているのですが、ブログにアップする文章を自分で作成する事によって、「この業界では末端の一神職とはいえ、西野神社という看板を背負って書いている以上、いい加減な事を書く訳にはいかない」という責任感やプレッシャーから、ネットや本などでそれまで以上に入念に調べてから文章を書く癖が付き、それは確実に自分の知識向上に役立ちました。
ここ最近はもう神社庁へはほとんど行っていませんが、ブログを始めてから数年間は、神社庁の庁舎へもよく行き、庁舎1階にある書庫から資料となる本を借りたりもしていました。

現在は、フェイスブックツイッター、インスタグラムなどSNSで神社のリアルな情報を発信するのが主流になってきているため、このブログというメディアは一昔前に比べるとあまり盛んではなく、実際、いくつかのブログサービスは既にサービスの提供を停止しており、例えば、大手のヤフーブログも何年か前に閉鎖されましたし、私が趣味で使っているブログのうちのひとつのヤプログも今年の1月に閉鎖されてしまいましたが、私が宮司の指示で神社のブログを始めた当時は、SNSはまだ一般にはほとんど普及していなかったため、少なくともあの当時、神社の情報をブログというメディアで発信する事は、神社としての広報や教化という点ではかなり有効な手段だったと思います。

そして、今では私もプラべートで日常的にブログやSNSを使っていますが、ブログにしろSNSにしろ、そういったメディアを使い続けてきた事によって私が得た、広報や教化等以外の大きなメリットとしては、先程も述べましたがやはり、本来であれば知り合う機会の無かったであろう方々と接点を得て交流する事が出来るようになった、という点が挙げられます。

平成二十五年度 神道青年全国協議会 中央研修会懇親会

私の周囲を見ても、例えば全国の神青の役員などをされているような方は、会議や各種行事のため頻繁に東京やその他の地域に出向いており、活発に全国の青年神職と交流をされているようですが、そういった立場・役職に無い私にとって、ブログやSNSというのは、他の都府県の同業者と知り合う機会を作る貴重なきっかけとなっており、実際、当社のブログにコメントを付けて下さった事や、フェイスブックで友達登録をした事などがきっかけとなってリアルでも交流が始まった神職は何人もおり、これは本当に有難い事です。
もっとも、交流の輪が広がったというのはあくまでも結果論であり、私としては別に、全国もしくは全道の同業者の知り合いを増やそうという意図を持ってブログやSNSをやってきた訳ではありません。しかし、それがきっかけとなって新たな人間関係を構築する事が出来た、というのは、私がPCやネットを使い続けてきた事によって得る事の出来た、大きな副産物でした。

千葉県・飯香岡八幡宮(平成25年)
山崎菅原神社
京都府・野宮神社(平成27年)

 

但し、ネット上だけでの交流はあくまでもバーチャルなものであり、当然の事ですが、バーチャルとリアルは明確に区別する必要があります。ですから、ブログやメールなどで何度かやりとりをしていても、特に私はブログやSNSでは自分の本名も顔写真も堂々と晒しているだけに、相手の本名も知らない、実際に会う事もない、という方とはいずれ関係が切れますし、私としても、そういったネット上だけでの仮想現実的な付き合いを長く続けていく気はありません。
交流を続けていくうちに、実際に直接お会いする機会を得たり、遠方のため直接会う事は難しくてもメールやSNSなどで本名や素性などをお互いに知り合う事が出来れば、バーチャルではなくリアルな友人関係、もしくはそれに近い良好な関係を構築出来ますし、実際そういった方とは今も親しくさせて頂いております。

(  中  略  )


つまり、もしネットを一切使っていないオフラインな生活を送っていたとしたら、私達夫婦が結婚する事は有り得なかったわけであり、そういった意味では、PC、スマホ、ネットなどは、私のその後の人生を大きく変える程に有効に活用出来たんだな、と改めて実感します。
先程もお話しましたように、西野神社の須浪宮司が初めて私の存在を知ったきっかけは、E神社さんの掲示板への私が投稿でしたから、そもそも、もしPCやネットを使っていなかったとしたら、恐らくは私は神職にもなっていなかったと思います。

 

というわけで、参考になったかどうかは分かりませんが、とりあえずここまで、私とPCやネットとの関わりについてお話しさせて頂きましたが、最後に、ここにおられる私よりも若い世代の方々に、ネットの活用に関して、私から少しだけアドバイスさせて頂きます。

神社もしくは個人として、SNSを活用し情報を発信していく事は、大いに結構な事だと思います。
しかし、SNS全盛のこの時代に於いても、「ブログ」などその他のメディアが、時代遅れで全く使い物にならないというわけではありません。読者登録をしている人達にのみメールで定期配信する「メルマガ」も、確かに現在ではすっかり廃れてしまった感がありますが、それでも、発信する内容によっては今でも根強い読者を維持しているメルマガがあったりします。
つまり、どのメディアを使うか、という選択は勿論大切なのですが、私としてはそれ以上に、どのような情報を発信していくか、そして、その情報発信を継続していくか、という事のほうが、より重要だと思っています。

あと、最近はSNSを使って神社としての公式情報を発信する神社が増えており、それは、先程も述べた通り確かに素晴らしい事だと思うのですが、ただ私としては、SNSに神社公式アカウントが存在しそれを活用する事と同時に、その神社の公式ホームページが存在する事も、とても重要であると思っています。
ホームページの内容は、定期的に更新したほうが良いに決まっていますが、仮に更新せず放置したままの状態になっていたとしても、公式ホームページはただ存在するだけでも、意義があると思うのです。

西野神社公式HP トップページ(令和3年)

神社が好きな一般の人達が、特定の神社の御祭神や由緒などの情報を、自分の感想や推測などの主観に基づいてアップしている事がよくありますが、そういったページには、結構デタラメが書かれている、という事が少なくありません。
しかし、その神社の公式ホームページが存在しないと、その神社の名前で検索するとそのデタラメな事が書かれているページが上位でヒットしてしまい、結果的に、そのデタラメな情報が世にどんどん広まっていく、という事に繋がりかねないのです。
ですから、神社の側が発信している公式情報が、ちゃんと「正解」としてネットにアップされている、というのは、それだけでも意味や意義があるのではないかと思うのです。

(  中  略  )


私は今後も、神社の広報、神道の教化のため、また、新たな人間関係を構築するツールとして、そして、それだけではなく、様々なきっかけやチャンスを得るためのツールとして、PCやネットを存分に活用していきたいと思っています。 まとまりの無い拙い話となってしまいましたが、長時間の御静聴、誠にありがとうございました。



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過去に開催された、文月会の退会送別会や退会記念講演会などの様子については、以下の各記事で紹介させて頂いておりますので、興味のある方はこれらの記事もお読み下さい。

https://nisinojinnjya.hatenablog.com/entry/20060313
https://nisinojinnjya.hatenablog.com/entry/20070313
https://nisinojinnjya.hatenablog.com/entry/20080314
https://nisinojinnjya.hatenablog.com/entry/20090305
https://nisinojinnjya.hatenablog.com/entry/20100310

 

また、今回の記事では私の過去(の一定期間)について、それなりに詳しく取り上げましたが、そういった人は決して多くないとは思いますがもし私の過去の経歴にも興味をお持ちの方がいらっしゃいましたら、今回の記事に加えて以下の各記事も、併せて御一読下さい。

https://nisinojinnjya.hatenablog.com/entry/20070212
https://nisinojinnjya.hatenablog.com/entry/2020/03/31/000000

 

文責:西野神社権禰宜 田頭