西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

葬儀についての勉強・読書

私達神職は、職業柄、日常的に多くの人達の人生儀礼に関わります。
御夫婦からの御依頼により子宝祈願や安産祈願御祈祷などを執り行えば、一人の人間がこの世に生まれる前から既にそのお子さんと関わりが生じますし、そのお子さんが無事に生まれた後も、初宮詣七五三詣十三詣などの御祈祷を通して、そのお子さんの成長過程に於ける節目の人生儀礼にやはり関わる事となり、そのお子さんが成人した後も、結婚をされれば神式で神前結婚式を挙げる事がありますし、また、厄年を迎えればその度に神社で厄祓いの御祈祷を受けられる方も多く、そして子供を授かれば、また初宮詣や七五三詣などの御祈祷を神社で受けられたりします。

就職・結婚などを経てある程度の年齢に達すると、戸建て住宅を建築する方も多いですが、その際には、地鎮祭上棟祭屋祓い(竣工祭)などの斎行を神社に依頼する方が多いですし、また、戸建て住宅には住まない方も、マンションやアパートなどの集合住宅に新たに引っ越しされる場合は、入居前には屋祓いなどを受けられる方が少なくありません。
そして亡くなれば、故人や御遺族の宗旨が神道である場合は神葬祭神式での葬儀)が斎行され、神葬祭が行われれば、それ以降の慰霊も神式で執り行われ(旬日祭、合祀祭、納骨祭、年祭など)、神社とその故人様との関わりはやはり継続する事になります。

御遺族


こういった一連の人生儀礼(但し前出の神事のうち、地鎮祭・上棟祭・屋祓いなどは、大抵は人生儀礼ではなく建築儀礼に分類され、また霊祭は、その人の人生が終わってからの神事なので、一般にはやはり人生儀礼には分類されない事が多いです)は、どれも等しく大切なものであり、当然の事ですが、この儀礼は特に大切だけど、逆にあの儀礼はあまり大切ではない、などと各々に優劣や序列をつける事は出来ません。

「冠婚葬祭」の神事に関しましては、最近当社では「婚」(神前結婚式)の挙行件数が徐々に増えてきているため、このブログでも神前結婚式についての記事をアップする事が度々ありますが、だからといって「葬」(神葬祭)について、神社では最近「婚」よりも軽視している、などという事は当然の事ながらありません。有り得ません。
当社では、数年前まではむしろ神前結婚式よりも神葬祭を奉仕する件数のほうが多かったくらいで、神葬祭には現在も引き続き真摯に向き合っております。

というか、令和3年現在、北海道神社庁札幌支部管内の神社で奥都城(神式のお墓)を有しているのは依然として当社1社だけであり、客観的に見ても西野神社は、神葬祭・霊前祭・墓前祭など「弔い」の神事に関しましては今も昔も、かなり積極的に取り組んでいる神社であり、そのため私達西野神社神職は、葬祭やお弔いについては日々怠る事無く勉強しております。


今回の記事ではそういった事を踏まえて、私が葬儀の勉強をする際に読んだり確認したりしている書籍、もしくは、葬儀に関して分らない事を調べるのに使っている書籍の一部を、以下に紹介させて頂きます。
別に、皆様方にこれらの書籍全てを読む事をお勧めしている、というわけではありませんが(そもそも現在では入手が困難な書籍もありますし、一般の方向けではない書籍もあります)、神職はこういった本も読んでいる、というひとつの参考になればと思います。
勿論、神職の大多数が平均的にこういった本を読んでいる、という事ではなく、あくまでも私の個人的な読書傾向の話ではありますが。



葬儀・葬送の全般に関する専門書
▲ 葬儀・葬送の全般に関する専門書

この写真の左の書籍「葬儀概論」は、葬祭業に従事する人達の知識・技能の向上を図り併せて社会的地位向上を図る事を目的とした、厚生労働省が認定する技能審査「葬祭ディレクター」の試験を受験する人達が、テキストとして使っている本でもあります。
私は葬儀会社の社員ではないので、勿論その試験の受験は考えていませんし、どのみち受験に当っては、「葬祭ディレクター2級は2年以上の、同1級は5年以上の葬祭実務経験が必要」という資格も必要になるため、私には最初から受験資格もありませんが、それは兎も角、この本は葬儀全般についてかなり詳しく、それでいてとても分りやすく書かれており、大変勉強になります。



神葬祭の専門書
神葬祭の専門書

写真左の書籍「神葬祭総合大事典」のオリジナル版は当社の社務室本棚にもあるのですが、その本は大変勉強になる内容のため、個人的に自分の手元にも常時置いておきたくなり、それで買ったのがこの普及版(縮刷版)です。神葬祭の次第や作法などは、日本全国それぞれの地域によって大きく違うのですが、この本にはそういった地域毎の違いについても書かれており、大変勉強になります。
例えば、神葬祭の中でも特に重要な意味を持つ「遷霊祭」(神葬祭に於いて、他の祭事が省略される事はあっても、この祭事が省略される事は絶対にありません)で執り行われる遷霊(故人の御霊に霊璽へとお遷り願う神事)の具体的な内容・所作は、地域や神社によってかなりの差異があり、西野神社では遷霊時には「鈴」を用いるのですが、この本によると他には、神依板(かみよりいた)などを使って遷霊を行なったり、消灯後に霊璽(れいじ)の蓋を取って霊璽の表面を柩に向けて蓋を(しゃく)で軽く叩いて遷霊を行なったり、霊璽を直接柩の上に置いて遷霊を行なったり、霊璽と柩の両方を軽く叩いて遷霊を行なったり、霊璽を2体用意して遷霊を行なう(2体のうち1体は墓地もしくは氏神神社の祖霊社に持って行くとの事)などの事例もあるそうで、大変興味深いです。

写真右の書籍「最新祝詞選集3 誄詞・神葬諸祭詞」は、神葬祭や霊前祭などの祭詞例文集であり、つい最近、葬場祭詞や旬日祭などの祭詞を作文した際にも大いに参考にさせて頂きました。



神職向けの神葬祭の冊子
神職向けの神葬祭の冊子

写真上段左の「神葬祭の栞」以外はいずれも薄い本(冊子)ですが、内容は、どれも神職向けの専門的なものです。この写真では分かり辛いと思いますので、一応、それぞれ何の冊子であるかを以下に列記します。
写真の上段左は、「神葬祭の栞」(神社本庁調査部編・神社本庁発行)、上段右は、神社本庁研修ブックレット5「神葬祭への道」(近藤啓吾著・神社本庁研修所発行)で、写真の下段は、左が、「神葬祭のしおり」(岡山県神社庁祭祀委員会編・岡山県神社庁発行)、中央が、「神葬祭 -教学研修報告-(第五輯)」(広島県神社庁教学委員会編・広島県神社庁発行)、右が、「神葬祭を考える ~神葬祭奉仕充実の為に~」(北海道神道青年協議会発行)です。

これらの冊子のうち、グレーの表紙の「神葬祭を考える ~神葬祭奉仕充実の為に~」は、神道青年全国協議会の元会長で、令和3年現在、札幌諏訪神社宮司であり北海道神社庁の副庁長でもある北方幸彦先生(2枚目の写真で紹介した「神葬祭総合大事典」の編集委員のひとりでもありました)による、神葬祭についての講演録であり、その内容は大変興味深く、特にこの冊子は繰り返し何度も読みました。
この冊子は、恐らく道内の神職の間では広く普及しており、実際に神葬祭や霊祭などを執り行う際にこの内容を参考にしている神社さんは、少なくないのではないかと思います。



遺体・火葬・土葬に関する書籍
▲ 遺体・火葬・土葬に関する書籍

実際には省略される事も多いため必ず斎行されるわけではありませんが、神葬祭を構成する祭事のひとつである「火葬祭」は、火葬場の告別室もしくは炉前ホールなどで執り行われるため、火葬祭が斎行される場合は私達神職も火葬場へ赴きます。実際私も、頻繁にではありませんが、火葬祭奉仕のため今まで何度か火葬場へは行っております。そのため、神職(に限らず宗教家)は、火葬についての知識も少なからず必要であると私は思っています。
この写真に写っている青い表紙の本「五訂版 火葬概論」と、白い表紙の新書「お骨のゆくえ 火葬大国ニッポンの技術」はどちらも、平成20年2月4日付の記事「火葬場」を執筆する際、大いに参考にさせて頂きました。

写真の上段右端の新書「土葬の村」には、土葬の歴史だけでなく、近年の日本で行なわれた土葬の実例も複数紹介されており、特に、平成30年に奈良県十津川村で行なわれた神式の土葬の様子や、やはり近年、「土葬の会」により山梨県神道霊園で行われた神式の土葬の様子などは、大変興味深かったです。
平成30年当時のデータによると、現在日本の火葬率は99.99%となっておりますが(但し世界的には現在でも依然として土葬が主流であり、近年火葬が急増しているアメリカやカナダなどの北米でも、火葬と土葬の率はほぼ半々で拮抗しており、そのため火葬率が99%を超える日本は世界一の火葬大国と言われています)、日本に於いては、歴史的には火葬は仏教の葬法と見なされ(平安時代には、念仏僧などにより仏教の布教と共に社会事業として火葬が行われるようになり、僧侶が葬列を先導したり火葬を執行する習慣が起こり、鎌倉時代以降は、特に真宗が盛んな北陸地方で火葬が万遍なく普及するようになり、江戸時代には、寺院と墓地と火葬が緊密に結びつき、全国的にも寺院が火葬を行う事が一般化しました)、それに対して土葬は、どちらかと言うと神道により馴染みが深いと葬法と解釈されてきた経緯があるため(仏教が日本に伝来する以前の古代に於ける我が国の葬送は土葬が普通であった事や、故人の御霊はごく近くの山に鎮まるという「山中他界観」の観念の下 土葬される御遺体の埋葬地も大抵山中が選ばれていた事などが関係しているようです)、学ぶ事に実用性があるのかどうかはさておき、土葬について学ぶ事も、神道や、日本の風土・民俗の歴史を知る上では大切な事だと思います。
それに、火葬率が99.99%という事は、逆にいえば日本でもまだ土葬は0.01%行われているという事でもあり、実際、平成30年は国内で117体(但し胎児は除く)の御遺体が土葬されたらしいですから、可能性としてはかなり低いものの私も神職として、今後土葬に立ち合う機会が絶対に無いとは断言出来ませんしね。

写真の下段、右から2番目の書籍「遺体と火葬のほんとうの話」は、7歳からお父さんの手伝いを通して現在に至るまでずっと葬儀の現場に携わってきた現役の葬儀屋さんである、佐藤葬祭の佐藤信顕さんが、一般の方々から寄せられた葬儀・葬送・御遺体などに関する様々な質問とその回答を、分りやすくまとめた本です。
孤独死したらどうなるの?(何名かかが同時に亡くなる事故でもない限り、人は誰でもひとりで亡くなるもの。これを「恐ろしいことだ」と心配する必要はない。その時には私達のような者が何とかしますし、なとかなるものです。ですから皆さんどうか、毎日を安心して生きていって下さい)
故人の遺体を、直ぐに斎場へと移さず、先ず一旦家へ連れ帰る意味は?(家に帰るというのは生きている時と同じ。生きている人に「なぜ家に帰るのですか」と訊かないのと同様、帰る理由も一言で言えば「そこが家だから」という他ない)
湯潅は必要?(費用がかるので、必要かどうかの判断はきちんと葬儀社からの情報提供を受けた上で遺族がすることであり、葬儀社が当たり前のものとして予定の中に組み込むのはおかしなこと)
なぜ亡くなった方のお顔に白い布をかけるの?(一番の現実的な理由は「腐敗していく死者の顔が怖いから」。また、死者の尊厳を守る意味合いもある。現在は然程怖くもないでしょうが、古来からの風習で、死者の顔はずっと見せておくものではないため、それが現在も続いている)
今でも土葬は可能なの?(条例で土葬を禁止している自治体もあるが、法令を遵守すれば現在でも可能。しかし実際には火葬よりもお金がかかる事が多く、また、先祖代々のお墓が元々ある場合はそれとは別に個人で土葬用のお墓を新たに建てる必要もあり、今どきのこうした事情の中で土葬を選択するのは、実はとても贅沢な事といえる)
…など、いろいろな疑問・質問に対してちゃんと丁寧に回答されており、読者ウケを狙って過去に多く出版された「元葬儀屋の体験談」の類とは一線を画す、好感の持てる本です。「死体洗いのバイトは本当にあるの?」「火葬中に火葬の熱さで生き返る事ってある?」などの、昔から語られてきた都市伝説も、本書ではバッサリと斬っております。



魂や他界観に関する書籍
▲ 魂や他界観に関する書籍

人間の身体に宿っていた御霊(みたま)は、その人の帰幽(死亡)後どこへ行くのか、というテーマについて扱った本です。
仏教キリスト教など他の宗教と違って、神道は中今(現世)での生き方に特に重きを置くため、他界観(死後の世界の事など)についてはあえてはっきりとは説明していない部分が多いのですが、斎主として神葬祭を執り行う立場となる場合には、当然の事ながら、死生観や他界観について自分の確たる解釈や信念が必要となってきます。葬儀場や霊前祭などの場で御遺族から「故人は今頃、どこで何をしているんでしょうねぇ?」と訊かれて、まさか「さぁ、私にはわかりません」なんて答えるわけにはいきませんし、そんな回答しか出来ない神職は、神葬祭を執行する資格はありませんからね。

写真左の書籍「いま知っておきたい霊魂のこと」は、主に仏教的な立場から、子供にも理解出来る平易な表現で霊魂の存在について真正面から論じた本です。
人は死を迎える時どうなるのか?(親しかった故人がお迎えに来る事もある)
お葬式にはどんな意味があるのか?(亡くなった方を無事に死後の世界へと送り出す事が目的。お葬式は故人のためではなく遺された人のため、という理屈は近世か近代になってから編み出されたもの)
お墓や仏壇に霊魂はいるのか?(日本人の伝統的な発想では、お墓、仏壇の中の位牌、あの世の三カ所に同時多発的に存在する)
霊魂は骨に宿るのか?(宿る。遺骨は霊魂の容れ物)
除霊する事は可能か?(除霊するという事は、その霊を悪い存在だと決めつけ、攻撃的に排除する事になるので、それはその霊にとっても除霊したいと思っている人にとっても好ましい事ではない。丁寧にお祀りする鎮魂・供養・回向などが望ましい)
もし幽霊を見たらどうすればよいのか?(山中で熊と出会った時の心得と同じで、恐怖に駆られて一目散に逃げ出すのは最悪。頭を下げて幽霊に敬意を示してからゆっくりとその場を離れ、落ち着いて真言・陀羅尼・念仏・題目などの “聖なる言葉” を唱える)
…など、曖昧な表現はせずかなり具体的に書かれており、宗教者や、既に信仰を持っている人などには物足りない内容だと思いますが、所謂 “初心者” にはオススメの本です。

写真右の書籍「命が消えたらどこへゆくのか」は、今月20日付の記事で詳しく紹介させて頂きました。



グリーフケアに関する書籍
グリーフケアに関する書籍

葬儀の場に於ける神職の主たる目的は、宗教儀式である神葬祭を滞りなく粛々と執り行う事であり、神職は御遺族の抱くグリーフ(家族・恋人・近親者などとの死別による悲嘆)のケアまで担当するわけではありませんが、それでも、故人宅や葬儀場などで御遺族の方々と直接接する機会は必ずあるため、こういった事とも全く無縁というわけにはいきません。個人的には、グリーフケアには昔から興味があります。

写真上段右の新書「悲しみとともにどう生きるか」は、先日読み終わったばかりなのですが、この本の中で、今月15日付の記事で紹介させて頂いた若松英輔さん(ちなみに、この方はカトリックの信仰を持っておられます)が述べていた以下の言葉(二重鉤括弧内の緑色文字の文章)は、特に強く印象に残りました。
涙が枯れる程の深い悲しみを経験した若松さんだからこそ、そのように考え、言う事が出来、且つ説得力のある文章で、事故・事件・災害などで突然愛する家族を失ってしまった人の中には「どうして自分だけ生き残ってしまったのだろう」「自分こそ逝くべきだった」といつまでも自責の念に苛まれる人が多いと聞きますが特にそういった方々には是非聞いて戴きたいメッセージでもあります。

やはり死者の唯一の願いというのは生者の幸せだと思うのです。その人がどんなに苦しい死に方をしたとしても、そこは揺るがないと思います。(中略)
生きている人間は幸せにならなくてはならない。あるいは、どこまでも幸せになっていい。それだけが生者の望みだと思うんです。だから、まず、自分の幸せを恐れない。そして、死者を恐れない。恐れる必要は全くない。あとは、自分はどこまでも幸せになる。生きていて申し訳ないなんて思う必要はなくて、誰に遠慮することなく、どこまでも、どこまでも、幸せになっていいんです。

悲しみが深まるというのは、これも僕の固有の経験なので、普遍的に話せないのですが、悲しみは変わっていくという感じですね。僕はこの数年間に、妻だけではなく、親父とか恩師とか、いろんな人と離別しています。こういう言い方をするとちょっと誤解を生むかもしれませんが、彼らと死別して、彼らとより近くなったという感じがします。僕はより幸せになったといってもいいぐらいなんです。こんなことを話すと、頭がおかしいと思われるかもしれないけど、それが僕の実感なんです。
もう一つは、これも僕の個人の思いですけど、死者というのは幸せな存在だと思っているんです。死者は苦しんでいないと思う。僕は絶対にこれは信じて疑わないですね。被災地に行ってもこれだけは必ず言って帰ってきます。もしこの世界に、幸福な人間というのが存在するのであれば、それは死者です。そういう僕の個人的な思いを前提にすると、我々にとって死者が存在するということはとっても幸いなことなんです。そのことと、人と離別する悲しみは矛盾しないと思うんです。離別の悲しみはありながら、もう片方の実感として、僕は離別の幸せを言わずにいることができないんです。だから僕は、死者が苦しんでいると言う人間を信用しません。そういうことを言って生者を脅かす人間を、僕は軽蔑しています。



震災での葬儀・葬送に関する書籍
▲ 震災での葬儀・葬送に関する書籍

東日本大震災では、大変多くの方々が犠牲となり、葬儀や葬送も、緊急事態故に平時とは異なる形で執り行なわれる事が少なくはありませんでした。これらの本は、それらの事例やその関連事項についての記録です。
この写真に写っている本のうち、下段左の書籍「遺体 震災、津波の果てに」については平成24年7月3日付の記事で、上段中央の書籍「呼び覚まされる霊性の震災学」については平成29年2月22日付の記事で、それぞれ詳しく紹介させて頂きました。

ちなみに、平成24年7月4日付の記事「震災で亡くなった死者達の尊厳を守る」、平成25年3月18日付の記事「映画 “遺体 明日への十日間”」、平成26年8月28日付の記事「被災地で語られる幽霊話」などは、いずれもこれらの本と関連する内容の記事であるため、これらの本に興味をお持ちの方は、是非そちらも御一読下さい。



葬儀関係の一般書(1)
▲ 葬儀関係の一般書

専門書以外の、葬儀関係の一般書も、なるべく読むようにしており、神道だけに偏らず他宗教の葬儀についても出来るだけ勉強するようにしています。
例えば、神職が霊璽について御遺族や一般の氏子さんに説明をする時、よく「霊璽(れいじ)は、仏教でいう位牌(いはい)に相当するものです。厳密にはちょっと違いますけどね」なんて説明をしますが、その「厳密にはちょっと違います」というのは、そもそも位牌について細かい部分まで含めて厳密に知っていないと、その厳密な違いを説明出来ないわけで、つまり、仏教など他所の宗教の葬儀を知る事は、結局神道の葬儀を知る事にも繋がるのです。



葬儀関係の一般書(2)
▲ 葬儀関係の一般書

こういった葬儀関係の一般書にもとても有益な情報が含まれており、いろいろと勉強になります。最近は、お墓についても、もっと知りたいなと思っています。



ところで、私は今回の記事の前段のほうで、それぞれの人生儀礼に優劣や序列などは無く、例えば結婚式と葬儀を比べて、葬儀のほうが軽いなどという事は決してありません、という趣旨の事を述べましたが、なかには、むしろ葬儀こそが人生儀礼に於いて最も重要、という見識もあるようです。
北海道神社庁発行の機関紙のひとつ「教化ニュース」第145号の紙面に、かつて宮中で掌典職出仕として奉仕され、現在は北海道神宮権禰宜として奉仕されている村井之介先生が「上川支部教養研修会」で講演された内容がまとめられているのですが、これはまさにその見識の一例なので、以下にその一部を抜粋致します。

『 平成十七年四月一日掌典職出仕を正式に拝命した。その二日後には神武天皇祭同皇霊殿御神楽が斎行。一日より、何も分からない状態で先輩の後ろをついて行き準備を始めた。その際、黒と白の幕(鯨幕)が掛かっている場所があった。そこで、先輩に「何故、紅白幕ではなく、白と黒の幕なのか。葬儀の様で縁起が悪い気がするのですが。」と尋ねる。
先輩が言うには、「諸説あると思うが、私が教わったのは色の世界にも序列がある。その中で、黒と白が両横綱である。天皇陛下がお越しになる祭事は最重要祭事であるので、使用する幕も両横綱の鯨幕を使用する。天皇陛下は、常に鯨幕を御使用になられる。お前は葬儀が縁起悪いことだと思っているようだが、考え違いをしている。葬儀は、確かに悲しいことではある。しかし、我々一般人が鯨幕を使用するのを許されているのは葬儀のみである。葬儀は、我々一般人にとって最重要祭事であるということを忘れてはいけない。」と。掌典職に入って二日目に生涯の教えとして心に刻む。


私も宗教者の端くれとして、「弔い」の儀式やその作法などについては今後も、積極的に、熱心に、様々な方面から勉強していこうと思います。

 

 

===== 追 記 =====

以下の記事は、この記事の続編に相当する記事なので、宜しければこちらの記事も是非御一読下さい。
https://nisinojinnjya.hatenablog.com/entry/2021/11/17/000000

 

文責:西野神社権禰宜 田頭