西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

葬儀についての勉強・読書(その2)

霊璽

 

本年3月30日付の記事では、私達神職神葬祭神式での葬儀)やお弔いについて日々怠る事無く勉強しなければならないという事を踏まえた上で、私自身が葬儀関係の勉強をする際に読んだり確認したりしている本、葬儀に関して分らない事を調べるのに使っている本の一部を紹介しましたが、今日の記事は、その記事の続編的な内容となります。

今回の記事では、前出の記事をアップして以降(今年4月以降)に私が読んだ、「死」「葬儀」「お墓」などに関する書籍や冊子などを、以下に写真で紹介致します。今回は、専門書は少なく、比較的入手容易な一般書ばかりですが。

ちなみに、私としては皆様方にこれらの本の全てをお勧めしている、というわけではなく、そもそもこれらの本の中には私の考えとは明確に異なる主張をしている本もあり(例えば、直ぐ下の写真の左側の、シェリー・ケーガン著『DEATH イェール大学で23年連続の人気講座 「死」とは何か [日本縮約版]』という本では、著者は物理主義者として魂は存在しないという立場を採っており、私の考えとは根本的に異なります)、そういった自分とは相容れない部分も含めて、全国に2万人程いるとされる神職のたまたまひとりである田頭という人物はこういった本も読んでいる、というひとつの事例として紹介させて頂きます。

 

死とは何か、についての本
▲ 死とは何か、についての本

 

死後の魂や死生観についての本
▲ 死後の魂や死生観についての本

 

葬儀やその手続きについての本
▲ 葬儀やその手続きについての本

 

お墓についての本
▲ お墓についての本

 

看取りについての本
▲ 看取りについての本

 

火葬についての本
▲ 火葬についての本

 

 

1枚目の写真の右側の『ニュートン別冊 死とは何か 増補第2版 死にゆく体では何がおきるのか 死と向き合い克服する方法とは』という本は、科学雑誌ニュートンの別冊らしい内容で、死へと向かっていく人体の老化のしくみ、老化現象を予防する効果的な方法、死を迎える時に体や意識に起こる変化、死の判定基準、脳死と臓器提供、終末期の医療や尊厳死などを、科学的な見地から分かりやすく説明する一方で、死の恐怖や受容をめぐる心理、臨死体験なども取り上げており、個人的には大変興味深かったです。
また、医学者・解剖学者で、東京大学名誉教授でもある老孟司先生が、論理的に「死は科学で定義出来るものではなく、社会に存在するもの」「自分は、死ぬ事は全く怖くない」などと言い切る巻末の対談記事も、やはり興味深かったです。
とはいっても、この本は専門書ではなく、あくまでも一般書(ムック)であり、また、全体的にイラストが多い分文章量は少ないため、この程度の内容では少々物足りない、と感じる方も恐らくいらっしゃるとは思いますが。

 

2枚目の写真の前列(手前の列)左側の『死んだらおしまい、ではなかった 2000人を葬送したお坊さんの不思議でためになる話』という本は、11年間、ほとんど毎日に亘って葬儀を執り行い、導師として累計2,046名もの故人をお見送りしてきた、浄土宗僧侶の大島祥明先生が、自身の葬儀奉仕経験と、その経験から裏付けられた確固たる信念が綴られており、私も宗教者の末席に身を置く者として、勉強になりました。
その確固たる信念というのは、一例を挙げると、「霊魂とは、その存在を信じるか信じないかではなく、確実に実在するもの」「死とは、単に身体と魂が離れる状態に過ぎず、死によって身体は滅しても魂は消滅しない。魂はずっと続き、むしろ身体が無くなった状態こそが、その人の本質の姿」「亡くなった直後、だいたいの場合、本人の魂は遺体のすぐ近くにいて、葬儀の様子をじっと静かに見ている」「葬儀の本質は故人に自身が死んだという事を悟らせる事にある」などです。
いまいち霊魂の存在を信じきれない人達や、大切な人を亡くし悲嘆に暮れる御遺族などにも、分かりやすく霊魂の存在を信じさせてくれる良書です。

 

2枚目の写真の前列(手前の列)右側の『死んだらどうなるのかな?そうだ、死んだことのある人に訊いてみよう!』という冊子は、20~30分あれば全て読み終える事が出来る程度の文章量ですが、臨死体験の報告事例を基に、著者である大門正幸先生(中部大学教授、米バージニア大学客員教授)の、臨死体験についての見解が簡潔にまとめられており、興味深かったです。
臨死体験は、現実の体験なのか、それとも脳が作り出す幻想(夢)に過ぎないのか、という事が今までずっと問われ続けてきましたが、脳機能が停止している状態(脳波が完全に平坦な状態)でも臨死体験をする人が現実にいる事例から、人間の意識は脳とは独立して存在する、つまり死とは「終わり」ではなく、意識の世界(所謂「あの世」)が存在する、という事を説いているのが特に印象に残りました。

 

帯に記されている「人は死んだら、まず怨霊になる」というインパクトのあるコピーが目を引く、2枚目の写真の後列(奥の列)右側の『日本人の死生観』という本(講談社学術文庫)は、高野山大学大谷大学で教授などを歴任された民俗学者 五来重さんの著書で、一般書というよりは専門書に分類されるかもしれない、やや難解な内容ですが、その分とても濃密な本です。
所謂ハラキリや殉死などの武士道ばかりが日本人の死生観ではなく、仏教伝来以前の霊魂観や他界観が息づく根源的な「庶民の死生観」を求めて全国各地を歩き尽くした著者による、宗教民俗学のエッセンスともいえる本で、庶民のお墓、高野山奥之院霊域の墓原、家庭に於ける仏壇、京都の御霊会、靖國神社風葬や水葬の風習、恐山のイタコ、熊野の補陀落渡海、沖縄のイザイホウなど、その話題は多岐に渡ります。
日本民族の固有信仰では、人は『死後の祭』によって神になるという考え方があり、仏教が入ってからはこの死後の祭を『供養』におきかえ、神になることを『成仏』としたのである。日本民族の神の観念は歴史的にずいぶんはげしい変化をしてきたが、元来は人間が死後の祭によって一切の罪穢をきよめられた状態がカミであった」という、本書で述べられている民俗学的見地からの「神」の概念も興味深かったです。

 

3枚目の写真の右側2冊の白い冊子『新・葬儀がわかる小冊子』と『よくわかる葬儀後の手続き』は、どちらも東京都世田谷区北沢の葬儀屋さん「有限会社佐藤葬祭」さんが発行・配布しているものです。これらの冊子も、私にとってはいろいろと勉強になりました。
ちなみに、佐藤葬祭の佐藤信顕さんは、日本一の葬祭系youtuberでもあり、葬儀や死に関する様々な有益な動画を日々積極的に発信されています。下の動画は、佐藤信顕さんが葬儀屋さんの立場から解説されている、神葬祭についての動画です。

 

5枚目の写真の右側の『大丈夫、あなたが一人でも』という本については、本年6月27日付の記事で詳しく紹介させて頂きましたので、ここでは詳細は割愛します。
神職であり救急救命士であり大学教授でもある鈴木哲司先生を含む3人の共著であり、誰にもお勧め出来る良書です。
下の動画は、著者3人による、この本の紹介動画です。本書に興味のある方は、こちらの動画も是非御視聴下さい。

 

6枚目の写真に載っているコミック『最期の火を灯す者 火葬場で働く僕の日常』は、火葬場と葬儀屋でそれぞれ職員として勤務した経験のある下駄華緒さんが原案を担当されており、内容的には、例えば御遺体の扱いに関してなど勉強になる所も多々ありましたが、ただ、さすがに実際の写真ではないものの、火葬の前や最中の御遺体の絵などがちょいちょい出てくるため(写真に写っている本の帯にも、ちょこっと載っていますね)、所謂グロいのが苦手な方は、もしかすると読まないほうが良いかもしれません…。
ちなみに、前出の佐藤信顕さん同様、下駄華緒さんもyoutuberであり、火葬・葬儀・御遺体などに関する様々な動画を、やはり積極的に発信されています。下の動画の中では、かなりざっくりとではありますが、下駄さんが神葬祭についても少し解説されています。

 

文責:西野神社権禰宜 田頭