西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

橿原神宮と神武天皇陵を参拝してきました

橿原市観光案内図

 

新型コロナウイルス感染症鎮静化に伴い(まだ完全終息には到っておりませんが)、国内各地で発令されていた「緊急事態宣言」や「まん延防止等重点措置」は10月1日を以て全て終了し、その後、Gotoトラベルの代替事業として多くの府県で地域観光事業支援(県民割など)が実施され(北海道でも来月から道民割が始まります)、こういった流れを受けて、ニュースなどでも報じられている通り現在全国の観光地は多くの観光客・旅行客で賑わっています。

コロナ禍になって以降、多くの人達同様に私も道外へ行く事は控えておりましたが、以上のような現況を踏まえて、関西で行なわれる親族の行事に出席する事を主目的に、先日久々に家族で関西に行ってきました。
私も妻もコロナワクチン2回の接種を既に終えているとはいえ、当然の事ながら道中、感染症対策には十分留意しましたが、私が実際に見たり感じたりした限りでは、空港や駅などはどこも平常通り賑わっており(さすがにマスクを付けていない人はほぼ皆無でしたが)、航空機内も特に空席が目立っている事もなく、国内移動の人出は概ねいつもの状態に戻っているようでした。

 

今回のその関西旅行では、半日だけ私一人で行動する時間があったため、折角なのでその時間を利用して、我が国建国の聖地である畝傍山東南の麓(神武天皇御即位の地、橿原奠都の詔の地)に鎮座し、初代天皇であられる神武天皇主祭神としてお祀りするお宮「橿原神宮」と、その神武天皇がお鎮まりになる御陵「畝傍御陵」(通称は神武天皇陵、正式名は畝傍山東北陵)の2箇所を、参拝・見学してきました。

橿原神宮と畝傍御陵はどちらも奈良県橿原市に鎮座するため、先ずは大阪難波駅から近鉄の名阪特急「ひのとり」に乗って、奈良方面へ向かいました。
橿原神宮の最寄駅である橿原神宮前駅(以下の写真の3枚目)へ行くためには、途中の大和八木駅橿原線の列車に乗り換える必要があるため、この「ひのとり」で直接橿原まで行けたわけではありませんが、「ひのとり」は車内設備の充実した豪華な特急列車だったので、今回は「目的地までの移動の過程」も楽しむ事が出来ました。

大阪難波駅
大阪難波駅停車中の近鉄特急「ひのとり」
橿原神宮前駅

 

橿原神宮前駅に到着した私は、同駅から歩いて橿原神宮に向かい、同神宮をお参りしてきました。
橿原神宮は近代の明治23年に官幣大社として創建されたお宮で、神武天皇が御即位された橿原宮の跡地に神宮を創建したいという請願が民間有志から起こった事に深く感銘を受けられた明治天皇が、京都御所内で天照大御神様をお祀りしていた内侍所(賢所)を本殿として、新嘗祭が執り行われたいた神嘉殿を拝殿として、それぞれ下賜されて創建されました。

ちなみに、同神宮御祭神(神武天皇と媛蹈鞴五十鈴媛皇后)の代表的な御神徳は「開運・招福」「健康・延寿」とされており、主祭神である神武天皇は、西野神社でお祀りしている御祭神のうちの一柱 鵜草葺不合命様の御子息でもあります。

以下の写真10枚はいずれも、私がこの度 橿原神宮の境内で撮影したもので、今回は第一鳥居、表参道、第二鳥居、祈祷殿、南神門、外拝殿、北神門、北参道、北の鳥居という順に境内を歩いてきました。

橿原神宮 社号標
橿原神宮 第一鳥居
橿原神宮 祈祷殿(車両祓所)
橿原神宮 参道から勅使館・斎館方面を臨む
橿原神宮 南神門
橿原神宮 南神門から拝殿方面を臨む
橿原神宮 外拝殿
橿原神宮 外拝殿
橿原神宮 外拝殿内
橿原神宮 外拝殿から内拝殿・幣殿・本殿方面を臨む

橿原神宮では学生時代(京都國學院在学時)に2回、同神宮の例祭でもある紀元祭で助勤させて頂きましたが、今回はその時以来のお参りとなったので、私にとっては17年ぶりくらいの再訪問となりました。

 

以下の写真3枚のうち、1・2枚目は、橿原神宮社務所に当る「橿原神宮庁」で、3枚目の写真は、同神宮に隣接して建っている「奈良県神社庁」です。
神社の社務所は、全国的には社務所という名称でほぼ統一されていますが、大規模な神社の中のごく一部には、伊勢の神宮熱田神宮宇佐神宮橿原神宮などのように「社務所」ではなく「〇〇庁」と名乗っている所もあるのです。全体からみると、極めて特殊な例外ではありますが。

橿原神宮疔
橿原神宮疔
奈良県神社庁

 

橿原神宮を参拝した後は、同神宮に北接する畝傍御陵(神武天皇陵)もお参りしてきました。
前述のように橿原神宮は過去にもお参りした事がありましたが、この御陵は、神職としては恥ずかしながらこの度の旅行で初めてお参りさせて頂きました。前々からずっと訪れてみたいと思っていた御陵なので、今回ここに来る事が出来て良かったです。

神武天皇陵
神武天皇陵
神武天皇陵
神武天皇陵
神武天皇陵

 

下の写真は、畝傍御陵の広域な敷地内にある「宮内庁書陵部畝傍陵墓監区事務所」です。神社の社務所のような雰囲気の、古風な平屋建ての建物でした。

宮内庁書陵部畝傍陵墓監区事務所

宮内庁の内部部局のひとつである書陵部は、図書課、編修課、陵墓課と、国内を5区域(多摩・桃山・月輪・畝傍・古市)に分けて陵墓等を管理している5つの陵墓監区事務所により構成されており、この畝傍陵墓監区事務所はその5つのうちのひとつで、具体的には奈良県三重県岐阜県・愛知県・静岡県内の陵墓等を管理しています。

 

畝傍御陵をお参りした後は、同御陵の最寄駅である畝傍御陵前駅からまた近鉄の列車に乗り、その後、大和八木で橿原線から大阪線の列車に乗り換え、大阪方面に戻りました。
ちなみに、今回の記事の冒頭の写真に写っている看板(橿原市観光案内図)は、畝傍御陵前駅の駅前に立っていたものです。

畝傍御陵前駅
畝傍御陵前駅

 

以下の写真はいずれも、私が京都國學院在学時、橿原神宮の「紀元祭」で助勤させて頂いた時に撮影されたものです。
紀元祭は、一年を通じて行なわれる橿原神宮の各種祭典の中でも最も重要な祭典(例祭)であり、天皇陛下の御名代である勅使も参向され、コロナがまだ終息していない昨年や今年は兎も角、例年は約4千人もの崇敬者が参列し、大変盛大に執り行われています。同神宮紀元祭での助勤は、振り返ってみると本当に貴重な経験でした。

平成16年 橿原神宮 紀元祭 助勤
平成16年 橿原神宮 紀元祭 助勤
平成16年 橿原神宮 紀元祭 助勤

 

文責:西野神社権禰宜 田頭