西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

令和4年 神職有志による皐月の禊

今日は午前7時半から、西野神社境内儀式殿前)にて、当社の神職有志により、未だ完全には収まらない疫病(新型コロナウイルス感染症)の鎮静終息や、悲しい事に今も継続されているロシアによるウクライナへの侵略戦争等の終結を祈願して、神道行法の「禊(みそぎ)」を行いました。

先月7日付の記事では、疫病鎮静と戦争終結を祈願して、大前にて神道行法の「鎮魂」を行なったという事を報告させて頂きましたが、今回はそれに続いて、「禊」という形で改めて同趣旨の祈願を行ないました。

 

今更ではありますが改めて簡潔に説明すると、神社神道でいう「禊」とは、清浄を尊び清々しさを求める神道思想の修行の実践であり(仏教・修験道・一部の教派神道などで行う水行や水垢離とは少なからず異なる部分があります)、具体的には、男性は白鉢巻と白フンドシのみを、女性は白鉢巻と白衣・白下ばき等を身につけ、頭もしくは肩から冷水を被る、あるいは肩か胸まで冷水に浸かる事で、自身の身体を濯ぎ清め、それに伴い、心身に付いた凶事や罪穢れを除去する行法です。
禊は、それ自体が独立したひとつの神事ですが、特に重要な祭事(大祭や渡御など)に臨む場合には、それに先立つ斎戒として執り行われる事もあります。

前述のように禊は本来自身の修行として執り行なうものですから、その禊に何らかの願掛けをしたり、特定の願いを祈念して行うのは、そもそも禊本来の趣旨に合致するのか、という神学的な問題も厳密に言えば無くはないのですが、それはそれとして、私は、禊を「自分自身のために行なう」という第一段階から、それだけに囚われる事なく「自分以外の誰かのためにも行なう」という第二段階へと発展させる事は、個人的には「有り」だと思っています。
実際、神職の青年会などで事業(行事)として各地で行われている禊の中には、「北方領土早期返還祈願禊」や「東日本大震災復興祈願禊」等の実例もありますし、禊に更に深い意義を持たせるという点からは、十分に意味のある事だと思います。
願い事と禊を組み合わせる事の神学的な是非は兎も角、少なくとも禊の参加者全員で、災厄の除去や他者の幸福を祈る事自体は、神様の御心にも人倫の道にも十分適う行為ですし。

 

というわけで今日は、疫病鎮静終息と戦争終結を祈願しながら、私を含む神職有志3人で、満開の八重桜の下で冷水を被ってきました。今回の禊では、水道水ではなく地下水を使用した事もあって、5月の割には水は意外と冷たく感じましたが、冷たかった分、気持ち的にはいつも以上に大変すっきりとしました。

令和4年 皐月の禊
令和4年 皐月の禊
令和4年 皐月の禊
令和4年 皐月の禊
令和4年 皐月の禊



以下の動画3本はいずれも、過去に当社境内で執り行われた、神職有志(私からの誘いに応じて、有り難い事に他社の神職さんも参加して下さいました)による禊の様子です。3月の積雪期に行なった事もありました。



以下の動画3本はいずれも、当社の公式行事として毎年9月に執り行われている禊の様子です。この禊は、西野神社秋まつりに於ける神輿渡御の、丁度1週間前に、担ぎ手として御神輿を担いで下さる皆様方の斎戒を主目的として行なっております。



禊本来の目的・趣旨(自己の心身を祓い清め、行学一致神職を目指すための、個人的な研鑽のひとつ)から禊を執り行なうのは当然として、単にそれだけではなく、禊のその目的・趣旨を、自分の抱く信仰や神学から前向きに拡大解釈し、禊を “手段” として更に有効活用していくためにも(自分自身のためだけではなく、他者の幸せや地域の発展などのためにも行なう)、今後も当社での禊は絶やす事なく継続していきたいと思っております。

 

文責:西野神社権禰宜 田頭