西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

令和4年 「七五三詣」の御案内

よく知られているように「七五三」とは、3歳・5歳・7歳の子供のお祝いで、具体的には、男児は3歳と5歳(但しいずれも数え年)、女児は3歳と7歳(同じく数え年)の年に、今日までの無事な成長を神様に感謝し、これからの更なる健やかな成長を祈願するため親子揃って神社に参拝する、我が国特有の人生儀礼(神事)です。
今回は、七五三シーズンである事に因んで、改めて七五三詣についての御案内をさせて頂きます。

西野神社 七五三の幟

江戸時代以前には、成人式の一段階として「氏子入り」の習慣がありました。7歳前後に初めて村落共同体の一員と認められ、それを以て正式に、地域の神社の氏子とされたのです。氏子と認められた事に伴い、お札を与えられて宮座帳などに名前が記入される地域もありました。
江戸時代になると、3歳の男女は「髪置」(かみおき)といって頭頂部の髪の毛を伸ばしてくくり始め、5歳の男子は「袴着」(はかまぎ)といって初めて袴を着用し、7歳の女子は「紐落とし」もしくは「帯解」(おびとき)といって幼児用の紐を解いて大人と同じ帯を用いるという習俗が普及するようになりました。
この両者(氏子入りの習慣と、髪置・袴着・帯解)が習合したのが今日の七五三の起源と云われており、七五三の儀礼は主に関東から、都市を中心に全国に広がっていきました。

七五三は、子供の心身成長の節目としても重要な意味を持っており、男児が女児よりも早く祝うのは、その家の後継者としての意味合いや、古来は女児よりも男児の方が生存率が低かった事などが関係しているようです。

 

本年(令和4年)の場合は、下の表中の生年に当たるお子さんが、七五三詣の年となります。
ちなみに、厄年の厄祓い十三詣などと同様、七五三詣の年齢も、原則はあくまでも「数え年」ですが、近年は、満年齢の3歳・5歳・7歳の年に神社へお参りに来られる方も多くなっています。当社に於いても、数え年での当該年齢を既に過ぎてしまっている場合などは、満年齢の当該年齢でも七五三詣の御祈祷を執行しております。

男 の 子 女 の 子
数え年 3歳 … 令和2年生まれ
数え年 5歳 … 平成30年生まれ


満年齢3歳 … 平成31・令和元年生まれ
満年齢5歳 … 平成29年生まれ
数え年 3歳 … 令和2年生まれ
数え年 7歳 … 平成28年生まれ


満年齢3歳 … 平成31・令和元年生まれ
満年齢7歳 … 平成27年生まれ

 

なお、七五三詣の御祈祷は、お子様お一人につき、玉串料(初穂料)として4,000円納めて戴いておりますので、恐れ入りますが宜しくお願い致します。
御祈祷を受けたお子様には、お守り・千歳飴・文具等の入った授与品のセット(下の写真はその一例で、具体的な内容については時期によって多少変動します)や七五三詣の記念金メダルもお渡ししております。

七五三詣 御祈祷の授与品セット一例

 

以下の写真5枚は、七五三詣の記念撮影用看板が置かれている社殿前や、社殿内で執り行われる七五三詣の御祈祷の様子などです。

記念写真撮影用の七五三詣看板
七五三詣の看板
七五三の子供達
西野神社での御祈祷
西野神社大前での祝詞奏上

 

以下の写真2枚は、毎年七五三シーズンの期間限定で境内に設置している、七五三詣のお子さん達に元気よく飛び降りて戴くための御影石の碁盤と、その案内の看板です。本年は、今月19日からここに設置しております。

七五三詣の碁盤(西野神社)
七五三詣碁盤の案内

この御影石の碁盤は、11月中旬頃まではずっとここに常設しておりますので、七五三詣に来られたお子さんはどうぞ御自由にお使い下さい。

 

ところで、後述するように北海道は異なるのですが全国的には、一般に11月15日が七五三詣(七五三参り)の日とされております。
この日が七五三詣の日とされているのは、陰陽道で吉日とされる鬼宿日であるから、とか、古来より霜月の15日は祭りが多いから、などの諸説もあるようですが、一般には、江戸幕府第5代将軍の徳川綱吉が、実子の中では唯一の男子であり将軍家世嗣でもあった徳川徳松の健康を盛大に祈願する祝儀を11月15日に行なった事が由来とされています。

令和4年9月現在、神社本庁公式サイト内の七五三についての解説ページでも、やはり「綱吉が息子の徳松の健康を盛大に祈願したこと」が、11月15日が七五三詣の日とされている由来として紹介されており、本庁のサイトに於いてもそれ以外の諸説については一切紹介されていない事から、やはりこの説が、11月15日由来説の中では最有力のようです。
しかしそれが事実であるなら、神社神道が神典と位置付ける記紀やその他の古典に基づくわけでも、古代や中世から連綿と続く伝統・慣例に因るものでもなく、あくまでも近世の将軍であった徳川綱吉が江戸でたった一度だけ行った儀礼が11月15日説の由来という事になり(しかも、その儀礼の主役であった徳松は、儀礼を終えてから間もなく、僅か5歳で早世してしまい、そのため綱吉の直系は絶え、次の第6代将軍には綱吉の甥である家宣が就任しました)、現代の私達が七五三詣を11月15日に拘る必然性は薄いという事にもなり、実際近年の七五三詣は、11月15日という特定の日に集中する傾向から、その前後を含めた日に分散される傾向が強まっています。

そもそも北海道に於いては、気候の関係などから他地域よりも丁度一か月早い10月15日が元々七五三詣の日とされていた事もあって(寒冷地である北海道では11月は初雪が降る季節であり、もう寒いですからね)、10月1日頃から11月下旬にかけてが七五三詣の実質的な期間とされ、それに加え最近はコロナ禍により所謂「密」を避ける趣旨から分散参拝が進んでいる事もあって、七五三詣の期間は更に広がりつつあり、当社でも今年は8月頃から七五三詣に来られるお子さん達が増えています。

つまり、他の神事・行事・慣例と違って七五三詣の場合、11月15日という特定の日に拘らなければならない理由は薄いので、当社へ七五三詣の御祈祷を受けに来られる場合、概ね8~12月頃であれば、予約さえして戴ければいつお参りに来られても構いません(それ以外の時期でも対応は出来ますが、七五三詣の授与品としてお渡しする千歳飴などは欠品している時期もありますので、事前にお問い合わせ下さい)。七五三詣は是非、最寄りの氏神神社、もしくは当社はお越し下さい。

ちなみに、全国には11月15日にのみ七五三関係の神事・仏事・その他の行事等を行なっている地域や神社仏閣教会等も多数あると思いますが、それは、11月15日に綱吉が徳松の健康を祈願した、という由来に拘っているというよりは、その日に行う事が既にその地域もしくは一社寺の故実として古くから定着しているという事実に基づくものと推察します。
ですから当社もしくは私としましても、11月15日という日にちに拘って七五三詣を行う事自体を否定しているわけでは全くありませんので、その点は誤解無きようお願い致します。

平成24年11月 七五三の御祈祷

 

文責:西野神社権禰宜 田頭