西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

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西野神社

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境内各所で見られる清浄な水面

当社境内には、自然の河川や池沼などはありませんが、人工的に設営・設置された水溜まりはいくつかあります。今回の記事では、それら(人工的に設けられた池や水鉢など)を紹介致します。

ちなみに、西野神社の御祭神である豊玉姫命トヨタマヒメノミコト)様は、記紀神話によると元々は海神の宮殿に住んでおられた女神様であり、そのため、海の神、水の神とされ、俗説では龍神様の一種とも云われ、水と非常に深い関わりのある神様でもあります。

 

以下の写真3枚は、4月21日付の記事先月27日付の記事などで紹介させて頂いた、参集殿直ぐ隣(南側)に設営されている池です。現在は金魚が泳いでいます。

令和4年5月 西野神社参集殿隣の庭園
令和4年5月 西野神社参集殿隣の庭園
令和4年5月 西野神社参集殿隣の庭園

 

以下の写真4枚は、参拝者の皆様方に御自身の手や口などを濯いで清めて戴くための施設「手水舎」の水鉢(水盤)です。季節によっては、ここに花々や葉などが浮かべられます。

西野神社 手水舎の水鉢
西野神社 手水舎の水鉢
西野神社 手水舎の水鉢
西野神社 手水舎の水鉢

 

以下の写真3枚は、社務所玄関外の脇に置かれている、円形状の石の水鉢です。水中には飾り物の鯉(置物であり生体ではありません)が置かれています。

西野神社 社務所玄関前の水鉢
西野神社 社務所玄関前の水鉢
西野神社 社務所玄関前の水鉢

 

以下の写真3枚は、水みくじの授与期間(夏季と秋季)にのみ、授与所前(窓口に向かって右奥側)に置かれる、水みくじ用の水瓶です。
水みくじの箱の中から引いた水みくじを、この水瓶に満たされている清浄な水に浸けると、文字が浮かび上がってきます。

西野神社 授与所前の水鉢
西野神社 授与所前の水鉢

 

下の写真は、社務所裏の中庭に設けられた日本庭園の池です。枯山水の庭園であるため通常は水は無く、年に1回有るか無いかの非常に激しい豪雨の時にのみ出現する、幻の池です。

西野神社 中庭

 

文責:西野神社権禰宜 田頭

今日は朝から夕方までずっと「安産祈願」の御祈祷が続きました

動物は人間に比べるとだいたいお産が軽いですが、それらの中でも特に「犬」は、沢山の赤ちゃんを産む割にはお産がかなり軽いため、昔から “安産の象徴” とされており、そのため犬にあやかってお産が軽く済むようにという願いから、「戌の日」(十二支の戌に当たる日)を選んで安産祈願の御祈祷を受けに神社に来られる御夫婦・御家族は多いです。

妊婦さんが妊娠5か月目に入った最初のその戌の日に、腹帯(岩田帯)を締めて母子の健康を祈願する、という慣習は、全国的にも広く定着しております。
ちなみに、5は縁起が良いとされる数字である事に加え、妊娠5か月目は、一般に胎児が安定する時期であるともされている事に因るようです。

西野神社創祀120年記念碑

 

今日(6月23日)はその「戌の日」で、しかも「日曜日」でもあった事から、いつもの戌の日以上に、安産祈願の御祈祷を受けに神社に来られる方々が大変多かったです。
当社では原則として毎日午前9時から午後4時30分まで、30分おきに御祈祷を行なっているのですが(午後4時30分から始まる御祈祷がその日最後の御祈祷となります)、今日は9時から4時半までの間、社殿では一度も途切れる事なくでずっと安産祈願の御祈祷(それ以外の御祈祷も一部ありましたが)が続き、時間帯によっては儀式殿に於いても社殿と同時に安産祈願の御祈祷を行ないました。

 

以下の写真4枚は、いずれも今日撮られたものではありませんが、当社の社殿内や儀式殿内で最近撮影された、安産祈願の御祈祷のイメージ写真です。
斎主(御祈祷を執行する神職)は大前にて、「お子様が無事産まれ、出産の後も母子共々健康でありますように」という事を、祝詞(のりと)奏上という形で心より祈念致しました。

社殿での御祈祷
西野神社での御祈祷
社殿での御祈祷
儀式殿での御祈祷

 

以下の写真4枚は、いずれも今日の午前中撮影された、当社境内の様子です。
今日は、御祈祷を受けられる方々以外の参拝者も多く、昨日設置したばかりの「茅の輪」をくぐられる方々も大変多かったようです。

令和4年6月26日の西野神社境内
令和4年6月26日の西野神社境内
令和4年6月26日の西野神社境内
令和4年6月26日の西野神社境内

 

文責:西野神社権禰宜 田頭

「茅の輪」を拝殿向拝に設置しました

当社では、この半年間(1~6月までの今年上半期)に個々人が知らず知らずのうちに犯した様々な罪・穢れを祓い清め、併せて、残り半年間(7~12月までの今年下半期)の無病息災を祈願する「夏越の大祓」という神事を、例年通り6月30日に執り行います。
なお、昨年と一昨年は、新型コロナウイルス感染症の世界的・全国的な著しい拡大傾向を受けて、感染症対策徹底のため残念ながら一般の方々の御参列は御遠慮戴き、当社神職のみで斎行という形を採らせて頂きましたが、本年につきましては、依然として再拡大の懸念はあるものの現状では概ね同感染症が鎮静化しつつある事から、皆様方にも御参列戴ける、本来の形での斎行となります。
当日(大祓式の斎行は6月30日午後3時から)御都合の宜しい方は、ソーシャル・ディスタンスを保った上で、是非御参列下さい。

 

 
 
 
 
 
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年間の恒例式として当社で執り行う「大祓」は、6月末日に行うこの「夏越の大祓」と、12月末日に行う「師走の大祓」がありますが、これら2回のうち夏越の大祓では、上の投稿(インスタグラムでの北海道神社庁札幌支部公式アカウントからの発信)でも解説されている通り、実際に人がくぐる事の出来る「茅の輪」(ちのわ)という大きな輪が用いられます。

茅の輪は、神社によっては、総代さん達が作ったり、氏子青年会の会員さん達が作ったり、神輿会の会員さん達が作ったり、氏子の鳶職の方々が作ったりなどしているそうですが、当社の場合は毎年私達職員(神職)が、境内や氏子区域内にある山裾などで茅(かや)を刈り取り、その茅で大きな輪を作成し、それを拝殿向拝に設置しています。

 



以下の写真2枚は、茅の輪を作成するに当って、茅の輪表面の大半を占める事になる茅を、当社の神職が境内や神社近くの山裾などで刈り取っている様子です。茅の輪に適していると思われる、特に形の良さそうな立派な茅を選びながら、鎌で素早く次々と刈り取っていきました。

平成28年 夏越大祓 茅の輪作成作業
平成28年 夏越大祓 茅の輪作成作業

 

以下の写真3枚は、儀式殿の地下で茅を束ねながら茅の輪を作成している様子(直径約185cmのドーナツ型の輪の芯棒に大量の茅を覆って縛りました)と、完成したその茅の輪を拝殿向拝に取り付けている様子です。

令和4年 西野神社 夏越大祓「茅の輪」作成作業
令和4年 西野神社 夏越大祓「茅の輪」作成作業
令和3年 西野神社 夏越大祓「茅の輪」設置作業

 

以下の写真2枚は、本日のお昼頃に拝殿向拝での取り付け作業を終えた、どなたでもくぐる事が出来る状態となった茅の輪です。
人がくぐる事の出来る大きさの茅の輪を設置する場合、大抵の神社では参道などに設置していますが、当社の場合は、慣例によりここが茅の輪の定位置となっています。

令和4年 西野神社 夏越大祓「茅の輪」
令和4年 西野神社 夏越大祓「茅の輪」

 

茅の輪は、今月末日までここに設置しており(7月1日の朝に撤去します)、設置期間中はどなたでも自由にくぐって戴く事が出来ますので、「茅輪くぐり」御希望の方は、今日から今月30日までの間、各自お参り下さいますようお願い致します。
なお、茅の輪の由来(蘇民将来伝説)については、平成19年6月27日付の記事を御参照下さい。

 

 

茅の輪の直ぐ横には、例年通り、茅の輪のくぐり方を説明した看板も立てています。もし可能であるなら、この看板に記されているとなえ言葉(和歌)を唱えながら茅の輪をくぐって下さい。

令和2年6月 西野神社 夏越大祓(看板)

具体的には、「水無月の 夏越の祓ひ する人は 千歳の命 延ぶといふなり」という和歌(出典は、平安時代勅撰和歌集拾遺和歌集」)を唱えて茅輪を正面からくぐって左へ廻り、再び正面に至り、次に「思ふ事 みなつきねとて 麻の葉を きりにきりても 祓ひつるかな」という和歌(出典は、室町時代一条兼良により記された有職故実書「公事根源」)を唱えて輪をくぐって右へ廻り、再々度正面に至り、最後に「蘇民将来 蘇民将来」と唱えて輪をくぐり左へ廻ります。

 

文責:西野神社権禰宜 田頭

77年目の沖縄慰霊の日

 先月15日付の記事に続いて再び沖縄に関する話題となりますが、今日(6月23日)は、沖縄戦終結した日である事から沖縄戦等の戦没者を追悼する日として沖縄県が制定している「沖縄慰霊の日」です。
国の定める休日ではありませんが、沖縄県や同県内各市町村では、厳粛な慰霊な日として公休日とされており、丁度1年前の今日の記事でも述べた通り、かつて上皇陛下が「忘れてはならない四つの日」として挙げられたその4つのひとつに当たる日でもあります。

沖縄本島 地形図

 

沖縄戦は、昭和20年3月26日、アメリカ軍による慶良間諸島上陸によって始まり、翌4月1日からはアメリカ軍の沖縄本島上陸により更に本格的な戦闘が展開され、陸軍第32軍司令官の牛島満大将をはじめとする司令部の幹部達が自決したとされる同年6月23日まで、90日間にも及ぶ非常に激しい、組織的な戦闘が行われました。
逆にいうと、組織的ではない戦闘(司令部壊滅を知らない日本軍の一部兵士達による散発的な戦闘や、それに対するアメリカ軍による掃討戦など)はその後も続き、連合国軍が沖縄戦終了を宣言したのは7月2日で、日本の沖縄守備軍の降伏調印式が行われたのは9月7日でした。
沖縄戦は特に凄惨な地上戦となったため、最終的には20万人を超える方々が犠牲になったと云われています。

沖縄でその組織的な戦闘が終了してから丁度77年が経った今日は、私も当社の大前を通して、沖縄戦で散華された英霊の御霊(みたま)が安らかでありますようにという慰霊の祈りを捧げ、その上で、御遺族の悲しみや、今私達が享受している平和と繁栄は多くの尊い犠牲の上に築かれたものであるという事に、改めて思いを致しました。

 

以下に貼付の写真4枚のうち、1・2枚目は、本年4月に私が札幌護国神社を参拝・見学した際に撮影した沖縄戦戦没者慰霊碑で、3・4枚目は、本年3月に私が和歌山県の高野山を参拝した際に撮影・見学した沖縄戦戦没者供養塔です。
撮影時は勿論、これらの前でも、心静かに手を合わせてきました。

 

沖縄戦戦没者慰霊碑(札幌護国神社)
沖縄戦 戦没者慰霊碑(札幌護国神社 彰徳苑)

 

沖縄戦戦没者慰霊碑の解説(札幌護国神社)
沖縄戦 戦没者慰霊碑の解説(札幌護国神社 彰徳苑)

 

沖縄戦戦没者供養塔(高野山奥之院)
沖縄戦 戦没者供養塔高野山 奥之院)

 

沖縄戦戦没者供養塔の解説(高野山奥之院)
沖縄戦 戦没者供養塔の解説高野山 奥之院)



文責:西野神社権禰宜 田頭

フリーペーパー「るるぶFREE 札幌」の最新号で当社が紹介されました

JTBパブリッシングが発行しているフリーペーパー「るるぶFREE 札幌」の最新号(夏 '22 Vol.76)に、当社が掲載されました。

るるぶFREE 夏 札幌 Vol76

 

一番最後のページの「札幌近郊 神社めぐり」というコーナーで、札幌の市内・近郊に鎮座する各神社のうち当社を含む7社が紹介されました。
文章量は少なく、写真も2枚だけで、かなり小さな扱いではありましたが、記事として掲載して戴けました(広告枠での掲載ではありません)。

るるぶFREE 夏 札幌 Vol76

 

文責:西野神社権禰宜 田頭