西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

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西野神社

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儀式殿建築工事が再開

昨年の11月から始まった儀式殿の建築工事(それに先立つ、同地での神楽殿の解体工事は、昨年9月から始まっていましたが)は、積雪期に入った事により12月から休工していましたが、数日前から、工事が再開されました。
昨年の時点では、「完全に雪が融けた来年5月から工事を再開する」と聞いていましたが、例年よりも雪融けが早い事から、数日前より儀式殿の建築工事が再開されました。完成が楽しみです。

儀式殿 建設工事
儀式殿 建設工事
儀式殿 建設工事

例年よりも雪融けが早いです

今シーズンの札幌は、例年よりも明らかに積雪量が少なかった事もあり、有り難い事に雪融けが早いです!
平年ですと3月の中旬頃から一気に氷雪が融け出す感じですが、今シーズンは、2月の中旬頃からかなり融け出しており、現在、札幌市内幹線道路の大半では、路面の氷雪がほぼ完全に融けてアスファルトが露出しております。

 

下の写真は、先月末に授与所窓口から撮影した、当社境内の第一駐車場です。もうこの時点で、昨年12月からずっと氷雪に覆われていた地面の石畳かかなり露わになってきていました。

平成31年2月28日の西野神社境内

そして下の写真は、昨日撮影した、上の写真と同じ場所です。第一駐車場脇の芝生や砂利の上などには僅かに残雪がありますが、石畳の上は、御覧のように完全に氷雪が融けて無くなっています。

平成31年3月14日の西野神社境内

下の写真は、昨日撮影した参道の様子です。第一駐車場に比べると、まだ残雪はありますが、例年のこの時期に比べると、確実に融けている箇所が多くなっています。

平成31年3月14日の西野神社境内

 

雪も融け、境内は例年よりも早く春の装いになりつつあります。本格的な春の到来が待ち遠しいです。ちなみに、札幌での今年の桜の開花は、現時点では4月28日頃と予想されています。

東日本大震災の発生から丁度8年が経ちました

平成23年3月11日14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震による災害と、それに伴う福島第一原子力発電所事故による災害、即ち「東日本大震災」から、今日で丁度8年が経ちました。
「もう8年」と捉えるか「まだ8年」と捉えるかは、その人のおかれた立場や震災との関わりなどによっても解釈が分かれるでしょうが、兎も角、あれから8年という年月が経った事になります…。

下の写真は、今からほぼ2年前の一昨年3月、私が岩手県宮古市の田老地区で見学してきた、東日本大震災遺構の「たろう観光ホテル」です。

たろう観光ホテル(震災遺構)

 

警察庁東日本大震災の被害について、昨年9月10日の時点で、死者は1万5,896人、重軽傷者は6,157人、警察に届出があった行方不明者は2,536人と発表しており(但し未確認情報や余震によるものも含む)、日本国内で起きた自然災害で死者・行方不明者の合計が1万人を超えたのは、戦後ではこれが初めとなりました。
岩手・宮城・福島の3県を中心に、1都1道10県で死者・行方不明者が、また1都1道18県で負傷者が発生し、戦前・戦中を通しても(但し明治以降)、関東大震災と明治三陸地震に次ぐ、極めて甚大な被害となりました。

ちなみに、この震災による直接的な被害額については、政府は16兆円から25兆円と試算しており、この額は、被害が大きかった岩手・宮城・福島3県の県内総生産の合計に匹敵し、世界銀行の推計では、自然災害による経済損失額としては史上1位としています。

そして、「鎮魂と慰霊の日」でもある今日は、被災地をはじめ全国各地で、また海外の一部でも、東日本大震災の犠牲者を追悼する式典や行事等が執り行われました。
私も今日は、余りにも衝撃的だった8年前の“この日”に思いを致し、自宅の神棚の御前にて、心静かに黙祷を捧げました…。

政府主催の東日本大震災追悼式

 

以下の鉤括弧内緑文字は、震災発生直後に神社本庁が作成した「平成二十三年東北地方太平洋沖地震復興祈願祭祝詞」の例文です。当時、全国の神社では、この祝詞例文を基に作文された復興祈願祝詞、もしくは各神職が一から自作した復興祈願祝詞が大前で奏上され、それぞれの神職が、余震や津波が一刻も早く鎮まる事、そして震災からの速やかなる復興を、心から祈願致しました。

掛けまくも畏き某神社の大前に宮司氏名恐み恐みも白さく 去し三月十一日の未刻に起きし東北地方太平洋沖地震更には大津波の災害を蒙りたるに数多の都道県に大なる損ひを齎したり各々も市町村の有様は家は壊れ海は荒れ土は裂け山は崩れ許許多久の人々瞬間に玉の緒を絶たれる事と成りぬ 又神社神職等も多数に災害を被れる由知らせを受けたるは実に畏き極み成り 故今し大前に御食御酒種種の味物を献奉り常に大神等の高き尊き大神徳を仰奉る氏子崇敬者等大前に参集ひて復興祈願祭を仕奉り乞祈奉る状を平らけく安らけく聞食し給ひて日々起れる余震津波を鎮め給ひて一日も速けく旧の状に立帰らしめ給ひて我が大和国を永久に守り恵み幸へ給ひ災害に苦しむ諸人等の身も心も平穏に守り導き給へと恐み恐みも白す

当社に於ける震災関係の公式な祭事としては、震災発生翌月に斎行された大祭「春季例祭」が、その年だけは「東日本大震災復興祈願祭」も兼ねて執り行われ、私達神職や参列者一同で、震災で亡くなられた方々の御霊(みたま)が安らかであるようにという事と、被災地の一刻も早い復興を、心より御祈念させて頂きました。

 

ところで、ウィキペディアのパロディサイトとして知られる「アンサイクロペディア」の、「3月11日」についての解説ページ内に於ける「東日本大震災」の項には、以下のように記されています。これは、「アンサイクロペディアで一番まともな記事」として、最近ネットでも評判になっていますので、ここでも紹介させて頂きます。

2011年の3月11日には宮城県沖を震源とする東日本大震災が発生した。それを受けて翌年以降3月11日は震災を考える日として黙祷をささげ決意を新たにする日だという人たちもいる。ただ誰かにとって祈るべき日は誰かにとっての誕生日であり結婚記念日であったりもするのだ。だからこそ今日はあくまで普通の日である。震災関連ではないイベントを開くことや、地震のことを考えないでいることを不謹慎と批判するのはおかしい。3月11日は前を向いて生きていく366日のうちの一日であり、普段と同じように、楽しむことは楽しみ頑張るべきことは頑張る日なのだ。

アンサイクロペディアは、現実世界での出来事をからかった風刺的な記事が多く、徹底的にユーモアを追求しているため、なかには全然笑えないレベルの過激なブラックジョークや、ただのウソ(完全なフィクション)になっている事も少なくありませんが、この「東日本大震災」の項については、私も同意出来ます。

確かに今日・3月11日は、東日本大震災の忌日であり、つまり「鎮魂と慰霊の日」ではありますが、同時に、震災とは関係無く、この日が誕生日や結婚記念日、その他のお祝いの日であるという人達も、当然全国には沢山おられます。
もっとも、それは何もこの日に限った事ではなく、日本中の人達が心静かに祈りを捧げる他の日、例えば熊本地震の日、阪神・淡路大震災の日、終戦記念日長崎原爆の日広島原爆の日沖縄戦終結の日、東京大空襲の日、関東大震災の日などでも同様です。

これについては今までこのブログでも何度も述べてきましたが、何でもかんでも自粛するのは決して良い事ではありません。「鎮魂と慰霊の日」は、特別な日であると同時に、普段通りに過す平常の日でもある事も、心に留めておきましょう。

平成31年 人形供養祭(合同)

今日は午前11時から当社の参集殿で、毎年3月恒例の行事である「人形供養祭(にんぎょうくようさい)」が斎行されました。
当社では毎年、ひな祭り(3月3日)の次の日曜日に合同の人形供養祭を斎行しており、今年の場合は本日(3月10日)がその人形供養祭の日となり、先月15日から今日までの間に当社に直接持ち込まれたり送られたりしてきた無数の人形・ぬいぐるみ等が、参集殿の前面や左右側面に組まれた祭壇にズラッと並べられ、それらの人形・ぬいぐるみ等の前で、厳かに人形供養祭が執り行われました。

平成31年 西野神社人形供養祭(合同)
平成31年 西野神社人形供養祭(合同)

例年、人形供養祭は3月の4~6日頃に斎行される事が多いのですが、前述のように今年は3月10日が人形供養祭の日となり、つまり例年よりも斎行日が遅くなり、そのため人形のお預かり期間は平年よりも長くなりました。
また、例年は10月と11月も人形供養を行っているのですが、昨年の10・11月は神楽殿解体工事のため人形のお預かりが出来ず、今回は、本来であればその期間に納められていたであろう人形も納められました。
また、数日前にSTVのテレビ番組「どさんこワイド」の中で、当社の人形供養祭が紹介され、それ以降、人形供養についてのお問い合わせを多く受けるようになっていました。
以上の3点が主な理由と推察されますが、今回の人形供養祭は、明らかに例年のこの時期よりも沢山の人形・ぬいぐるみ等が納められ、それらの人形・ぬいぐるみ等を載せる祭壇をいくつも追加して舗設した程でした。

 

本日斎行されたその人形供養祭では、斎主と祭員の二人が、浄衣という純白の装束を身に纏い、「持ち主の方々の愛着や慈しみ・その他の様々な思いが籠っている、これらの人形・ぬいぐるみ等に宿っている御霊(みたま)が、神様のお導きにより神様の御許へと還り、そこで心穏やかに落ち着き鎮まりますように」という事を心より御祈念させて頂き、併せて、持ち主の方々が抱く人形・ぬいぐるみ等に対しての心からの感謝の気持ちを、祭詞(所謂祝詞)という形で、それらの人形・ぬいぐるみ等にお伝え致しました。

以下の写真4枚は、いずれも昨年の3月4日に斎行された人形供養祭で撮影されたものですが、今日の人形供養祭も、ほぼこのような感じで(斎主と祭員を務めた神職も昨年と同じです)、大変厳粛に執り行われました。

西野神社 人形供養祭
西野神社 人形供養祭
西野神社 人形供養祭
西野神社 人形供養祭

 

なお、2~3月期の人形類のお預かりは、今日を以て終了させて頂きます。来月(4月)はお預かりはしておらず、次は、5月1日~7月31日にかけての3ヶ月間、また人形類のお預かりを再開させて頂きますが、その3ヶ月間については、今日のような合同の人形供養祭ではなく、個別の人形供養祭として執り行います。宜しくお願い致します。

神話で描かれている火災

本日・3月7日は「消防記念日」です。
戦前・戦中に於ける我が国の消防は、あくまでも警察機構の一部という扱いでしたが、昭和23年3月7日に消防組織法が施行された事により、消防は、警察の管轄から市町村消防を原則とする自治体消防へと移行しました。
そして、同法が施行されて2周年を迎えた昭和25年、広く消防関係職員及び住民の方々に「自らの地域を自らの手で火災その他の災害から守る」という事への理解と認識を深めて貰う事を趣旨として、その3月7日が消防記念日として制定されました。

札幌市消防局のはしご車

 

というわけで、今日が消防記念日である事に因んで、今回は「我が国最古の火災」を紹介させて頂きます。
記録に残っている限りに於ける日本最古の火災と云われているのは、古事記の上巻に記されている、木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)様の出産の場面です。

高天原から地上の日向へと降臨された、 天照大御神アマテラスオオミカミ)様の孫に当たられる邇邇芸命ニニギノミコト)様は、笠沙の岬で大変美しい女神・木花之佐久夜毘売様に出逢い、直ぐに求婚し、結婚をされます。
しかし、木花之佐久夜毘売様は一夜で身篭られたため、夫である邇邇芸命様は、自分の子ではなく国津神の子ではないかと疑われました。そこで木花之佐久夜毘売様は、その疑いを晴らすため、「天津神である邇邇芸命様の本当の子であるなら何があっても無事に産めるはず」と誓約をして産屋(出産するための小屋)に入り、自らその産屋に火を放たれました。身の潔白を、火に焼かれるか否かで証明しようとしたのです。
そしてその結果、木花之佐久夜毘売様は炎の中で無事、三柱の御子を出産され、身の潔白が証明されました。

ちなみに、その時お生まれになった三柱の御子の一柱である火遠理命(山幸彦)は、後に、西野神社主祭神である豊玉姫命トヨタマヒメノミコト)様と結婚され、この御夫婦の間にお生まれになった御子の鵜草葺不合命ウガヤフキアエズノミコト)様もまた、西野神社の御祭神としてお祀りされております。詳しくは、下の略系図を御参照下さい。

豊玉姫命と鵜草葺不合命に関する略系図

 

なお、野火・山焼きの古いものとしては、古事記では倭建命、日本書紀では日本武尊の表記で知られるヤマトタケルノミコトが、東征の際に相模(日本書紀では駿河)での野火へ放火した事例が挙げられます。
これは、三種の神器のひとつであった天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)が、草薙剣(クサナギノツルギ)へと名を変える事になったエピソードとしても知られる火災で、記録に残る中では、我が国での初めての消火活動とも云われています。放水して消火するという、今日での一般的な消火方法とは、全く異なる消火活動ではありましたが。

ちなみに、記録が残る中で、世界で最初の大火と云われているのは、旧約聖書の創世記が伝えている、神がソドムとゴモラという二つの町を、天から硫黄と火の雨を降らせて焼き滅ぼしたとされているエピソードです。
この二つの町は、大いに繁栄を極めたものの、住民達が道徳的退廃の罪を重ねたため、神が下した審判により焼き滅ぼされたとされています。

幸いにも、今回の地震における当社での被害は全くありません!

全国ニュースでも大きく報じられたので、道外の方々なども既に御存知かとは思いますが、先週木曜日(21日)の夜、北海道で最大震度6弱地震がありました。
震源は、昨年9月6日に発生した、最大震度7を観測した「北海道胆振東部地震」とほぼ同じ場所(胆振地方中東部)で、震源の深さは33km、地震の規模を示すマグニチュードは5.8と推定され、専門家達の見解によると、今回の地震は昨年の北海道胆振東部地震の余震、もしくは一連の活動と考えられる、との事です。

今回の地震による震度は、厚真町で最大震度6弱を、安平町やむかわ町震度5強千歳市や札幌市手稲区震度5弱、当社の鎮座する札幌市西区で震度4、札幌市中央区で震度3などを、それぞれ観測しました。

平成31年2月21日に発生した地震の震度

有り難い事に、道外在住の何人もの方々から安否を気遣う御連絡等を戴きましたが、幸いにも、西野神社や、、私達(西野神社神職一同や関係者)は無事です。大変有り難い事に、今のところ、私の周りでは何の被害も発生していません。
地震が発生してからも、苫東厚真火力発電所や伊達火力発電所は運転を継続しており、そのため、昨年の胆振東部地震の時のような大規模停電も起こりませんでした。
ちなみに、下の写真は、たまたま今回の地震が発生する2日前に、私が日高本線を走る列車の車窓から撮影した、苫東厚真火力発電所です。昨年の地震ではこの発電所の運転が止まってしまったために、離島を除く北海道のほぼ全てが一斉にブラックアウトするという事態になりました。

苫東厚真火力発電所

 

以下はいずれも、地震発生の翌日に北海道の公式ホームページ等に掲載されていた、道からのお知らせです。重要な情報なので、赤文字にした上でここに転載させて頂きます。

「5、6時間後には本震がくる」といったような、根拠のない情報がSNSで発信されています。こうした情報に惑わされることなく、公的機関の発表する情報を確認するようにしてください。

北海道観光をお考えの皆さまへ。昨日平成31年2月21日に胆振地方中東部を震源とする地震が発生しましたが、北海道を旅行される方の移動や滞在に支障はありませんので、安心して旅をお楽しみいただけます。