西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

[表紙]

西野神社

記事一覧 過去の記事を検索する場合はここをクリックして下さい。主要な記事がカテゴリー別に分類されています。

◆ この記事は、このブログの「表紙」として常にトップに表示されます。
◆ この記事にコメントを付けるのは御遠慮下さい。誠に勝手ながら、「表紙」であるこの記事に付けられたコメントは、削除させて頂きます。
◆ このブログを担当している私は西野神社の一職員(権禰宜)です。私は宮司ではありませんので、宮司に対しての質問・問い合わせ等は、このブログのコメント欄に投稿されても私としてはお答え出来ません。御了承下さい。
◆ このブログに表示される広告は、いずれも、このブログが無料で利用出来るブログであるが故に当社や管理人の意向とは無関係に表示されるもので、広告の内容と当社とは一切関係がありません。

戌の日・大安・土曜日が重なった今日は、安産祈願の御祈祷が多かったです

そもそも動物は人間に比べると総じてお産が軽い傾向にありますが、それら動物の中でも特に犬は、沢山の赤ちゃんを産む割にお産が軽いため、昔から“安産の象徴”とされており、そのため犬にあやかってお産が軽く済むようにという願いから、「戌の日」(十二支の戌に当たる日)を選んで神社に安産祈願の御祈祷を受けに来られる妊婦さんや御夫婦は多いです。
妊娠5ヶ月目に入った最初の戌の日に腹帯(岩田帯)を締めて母子の健康を祈願する、という慣習は、全国的にも広く定着しております。

本日はその「戌の日」で、しかも「土曜日」と、六曜の「大安」も重なっていてお日柄が良く、更に、一般の会社などではお盆休み期間中(普段は首都圏・関西圏・中京圏・その他の大都市圏で生活されているという方も、今は、実家のある札幌に帰省中という方も多い事でしょう)という事もあって、今日はいつもの「戌の日」以上に、安産祈願の御祈祷を受けに来られる妊婦さんや御夫婦・御家族が多かったです。

安産祈願の御祈祷
安産祈願の御祈祷

今日は朝から夕方までほぼずっと途切れる事無く、社殿で安産祈願の御祈祷が続き、最も御祈祷が多かった時間帯(午前11時台)は、10組の御夫婦・御家族に同時に社殿に昇殿して戴き御祈祷を執り行いました。
ちなみに、職員を何十人も抱えているような大きな神社や、全国的に名前の知れている有名神社などは別ですが、当社のような特に規模が大きいわけでもない一般の民社(しかも交通の便もあまり良くありません)では、10組もの方々に同時に昇殿して戴いて御祈祷を行うというのは、三が日節分などを除くと、月に1回有るか無いかくらいの頻度しかありません。

 

以下の写真は、平成17年に作られた「西野神社 創祀百二十年記念碑」と、今日撮影したその記念碑周辺の様子で、この記念碑では、六角形の台座の上に、西野神社御祭神の安産の御神徳に因んで安産の象徴とされる犬の石像が複数配置されています。
犬の石像は、親犬1匹と子犬12匹の計13匹で、子犬12匹にはそれぞれ十二支の文字が配されており、妊婦さんが、生まれる赤ちゃんの十二支(本年中に出産予定であれば「亥」、来年出産予定であれば「子」の文字)が配されている子犬の像を撫でると、安産の御神徳(御利益)をお受けする事が出来ると云われています。
そのため今日は、安産祈願の御祈祷を受けた女性のほとんどの方が、安産を祈念しながらこの犬の石像を撫でておられました。

西野神社 創祀百二十年記念碑
参拝者で賑わう境内
参拝者で賑わう境内

 

以下の写真は授与所前の様子で、今日は授与所の窓口や、授与所脇にある絵馬掛けなども、多くの参拝者の方々で賑わっておりました。

西野神社授与所前
西野神社授与所前

 

当社で安産祈願の御祈祷を受けられた方々や、当社へ安産のお参りをしに来られた方々の全員が、無事に健康なお子さんを出産され、そして、そのお子さんが伸びやかに健やかにすくすくと成長されます事を、私も心より御祈念申し上げます。

 

文責:西野神社権禰宜 田頭

74回目の終戦記念日を迎えました

今日は、令和の御代となってからは初となる、74回目の終戦記念日です。
先の大戦で亡くなられた英霊をお祀りする東京の靖國神社全国各地の護国神社には、この特別な日、いつもにも増して多くの参拝者が訪れ、また、東京都千代田区日本武道館では、今年も例年通り、天皇皇后両陛下をお迎えして全国戦没者追悼式が政府の主催により開催されました。
本年5月1日に、初めて “戦後生まれの天皇” として御位に即かれた今上陛下におかれましては、初めての同追悼式御臨席となりました。

今日の同追悼式には、安倍晋三内閣総理大臣や各界代表者、全国各地の遺族ら計約7千人(付き添いも含む)が参列し、正午には参列者全員により、約310万人の大東亜戦争戦没者(軍人・軍属約230万人と民間人約80万人の御霊)に対して1分間の黙祷が捧げられました。
厚生労働省によると、本日の同追悼式に参列された御遺族の人数は、4歳から97歳までの5,391人で、御遺族も代替わりが進んだ事により、戦没者の配偶者は過去最少の5人となる一方、戦没者の子は2,751人で、全体のほぼ半数を占めたそうです。

令和元年 全国戦没者追悼式

私も今日は、正午に合せて1分間の黙祷を捧げ、74年前に終結したあの戦争で戦場に斃れられた御霊(みたま)や戦禍によって命を落とされた御霊が安らかでありますようにという事と、今私達が享受している平和と繁栄は英霊の尊い犠牲の上に築かれたものであるという事に、改めて、謹んで思いを致しました。

 

ところで、昨年は明治維新から丁度150年に当たり(今年は戊辰戦争終結から丁度150年ですね)、そのため各地でその奉祝行事等が行われ、政府主催の記念式典も開催されましたが、その明治維新が始まってから、つまり明治元年から、77年後に我が国は「終戦」を迎えました。そして本年は、その「終戦」から、更に74年目です。
つまり、約260年にも亘って続いた江戸幕府が崩壊しそれに代る新たな全国統一政権として薩長土肥などを中心とする明治新政府が成立してから、本年に至るまでの期間・約150年間の、大凡の中間、だいたいの折り返しが、「終戦」に当たるのです。

今から七十数年前に、我が国が米英をはじめとする連合国諸国と激しい戦争をしていたという事実を、「もう70年も昔の事なのか」と感じるか、もしくは「まだ70年しか経っていないのか」と感じるかは、人それぞれにより異なると思いますし、更に、その「終戦」から七十数年前には、まだ幕府という武家政権やその残存勢力が存在し国内は内戦状態にあったという事実(戊辰戦争)についても、「そんなに大昔の事なのか」「まだそんなに最近の事なのか」と感じるかは人それぞれでしょう。
そういえば、私が小学校低学年くらいだった頃には、明治直前の年号である「慶応」生まれの方も、まだ御健在でした(もっとも、そういった方はその当時でさえも、「ほぼいない」と言い切って差し支えない程に相当珍しい存在ではありましたが)。

普段は、日々の仕事や家事等に追われて何かと忙しく、七十数年前の激動の時代(戦時中や終戦時など)を振り返る機会がほとんど無いという方も、せめて8月15日というこの特別な日には、靖國神社護国神社・最寄りの神社などの大前を通して、もしくは御家庭の神棚の御前を通して、先人達の尊い犠牲に哀悼の念を捧げ、当時、使命を持って、命かを懸けて、我が国を守った人達がいたという事に、そして、幕末の動乱期や戊辰戦争を経て明治維新から始まった我が国の近代国家としての歩み、その約150年の歴史の連続性に、思いを馳せるべきかと思います。

祈り

 

ちなみに、今月は、6日が広島原爆忌、9日が長崎原爆忌、12日が航空安全の日(日航機が群馬県御巣鷹山に墜落し520名が死亡した、史上最大最悪の航空事故が起きた日)、13日が月遅れお盆迎え火・西野神社奥津城夏季霊祭、本日15日が月遅れお盆・旧お盆・終戦記念日・全国戦没者追悼式、16日が月遅れお盆送り火京都五山送り火・松島灯籠流し、19日が神州不滅特別攻撃隊散華満州で行われた、ソ連軍戦車隊への日本陸軍航空機による特攻自爆)の日、20日が真岡郵便電信局事件ソ連軍の襲撃を受ける中、9人の日本人女性が電話交換手としての仕事を全うして公務殉職した事件)の日、21日が占守島の戦い(千島列島東端の占守島で行われた日本陸軍ソ連軍との間の戦闘で、日本軍の死者は256名)停戦日、22日が三船殉難事件(北海道の留萌沖で、樺太からの引揚者を乗せた日本の船3隻がソ連軍の潜水艦から攻撃を受け、1,708名以上が犠牲となった事件)の日、25日が樺太の戦い(日本の内地であった樺太南部で日本軍とソ連軍の間で行われた戦闘で、日本軍の死者は700~2,000名、日本人民間の死者は3,500~3,700名)停戦日であり、8月は、慰霊の日々が続きます…。

 

文責:西野神社権禰宜 田頭

令和元年「禊祓行事」の御案内

毎年恒例の「西野神社 禊祓(みそぎはらえ)行事」を、本年も9月の秋まつり西野神社例祭)1週間前の日曜日に執り行います。
平成18年9月に行なった第1回の禊祓行事から数えて通算14回目、そして“令和の御代”になってからは初となる、本年の禊祓行事は、9月8日(日曜日)の午前9時から、例年同様境内儀式殿前)に舗設する臨時禊場で、厳粛に執り行います。所作の説明や着替えの時間等も含め、概ね午前10時20分頃までには終了します。

平成30年9月 西野神社 禊祓行事
平成28年 西野神社 禊祓行事

 

この行事は、当社例祭(本年は9月15日)の神輿渡御(みこしとぎょ)に先立ち、御神輿(おみこし)の担ぎ手として御奉仕して下さる皆様方の心身を祓い清めて戴く事を主な目的として毎年行っておりますが、禊(みそぎ)に興味・関心のある方や、御自身の心身を祓い清めたいという方であれば、秋まつりの日に御神輿を担ぐ・担がないに関係なく、どなたでも参加する事が出来ます。
神社神道に於ける正式な次第・作法に則った禊を体験する機会は、神職以外の方々にとっては普段なかなか無いと思いますので、禊に少しでも興味・関心のある方は、この機会に是非御参加下さい。
但し、全身に冷水を被るため、心臓が弱い方や、それに類する持病等をお持ちの方については、参加を御遠慮戴いております。

以下の動画2本は、平成28年9月と平成26年9月にそれぞれ行われた禊祓行事で撮影された、禊の動画です。例年通り、今年もこのような形で禊を行います。

 

本年の禊祓行事への参加を希望される方は、以下の参加者募集要項(直ぐ下の画像をクリックするとPDFファイルとして拡大表示されます)を御一読の上、西野神社神力會の会員さんやその他の神輿会の会員さんについては神力會の事務局(担当:石井)まで、それ以外の方については西野神社の社務所(担当:田頭)まで、今月末日までにお申し込み下さい。
社務所に申し込まれる方は、直接来社されるか、もしくは電話(011-661-8880)でお申し込み下さい。

令和元年 禊祓行事の御案内

 

体調等の都合から当日冷水を被る事が出来ない場合は、鳥船(水を被る前に行う所作)だけの参加、もしくは、参加せずに見学するだけでも構いません。
なお、あまりにも酷い豪雨・雷雨等の場合は、安全のため禊を取り止める事も有り得ますが、それ以外の場合は原則として、雨天でも禊は決行致します。そもそも、雨が降ろうが降るまいが、どのみち体はずぶ濡れになりますからね(笑)。

北海道の9月中旬は、気温・水温共に、寒過ぎず冷た過ぎず、それでいて暑過ぎもせず、禊をするには最適の時期ですので、禊に興味のある方は是非御参加下さい!
ちなみに、例年通り参加費は無料です。

 

文責:西野神社権禰宜 田頭

七夕まつり

今日は、七夕(たなばた)です。
七夕は、本来は旧暦(太陰太陽暦)の7月7日ですが、現在は、新暦太陽暦)の7月7日や、その一ヶ月遅れの8月7日(つまり今日)、あるいはその前後の時期などに行われるのが一般的です。
旧暦と新暦暦法が異なるため当然日にちは一致しておらず、しかも毎年ずれていくため、年によって変わるのですが本年の場合はたまたま、本日が「旧暦の7月7日」であり、つまり今日は、単に「月遅れの七夕」であるだけでなく、本来の七夕である「旧七夕」でもあるのです。

というわけで、名実ともに「旧七夕」である本日、当社では午後3時半から、毎年恒例の「七夕まつり」が開催されました。
当社の七夕まつりは、夏休み期間中の子供(主に小学生くらいまでの子供達)向けのイベント(当社で行っている年間行事の中では唯一神事ではありません)として毎年開催しており、原則として、当社で初宮参り七五三参り等の御祈祷を受けたお子さん達を招待しております。

西野神社 七夕まつり看板

 

一応、「七夕」という行事の由来について少し説明させて頂きますと、七夕は、元々は、我が国古来からの祖霊祭りの日(お盆の祖霊祭に先行する招霊のための行事)とされてきましたが、その祖霊祭りに、夏の星座からつくられて奈良時代に中国から伝わった「織姫(おりひめ)と彦星(ひこぼし)の伝説」や、7月7日の夜にお供え物をして織女星(しょくじょせい)を祀り技巧・芸能・手芸・裁縫等の上達を願う「乞巧奠(きっこうでん)」という行事、更に、日本に古くからある棚機つ女(たなばたつめ)という信仰などが習合し、現在の七夕の習慣が出来たと云われています。

織姫と彦星の伝説というのは、有名なので皆様も御存知だとは思いますが、簡潔にまとめると大凡以下のような内容です。ちなみに、七夕というのは織姫の事です。
星々の住む天の国に、彦星と織姫という若い夫婦がいました。この夫婦は二人共、元々は働き者だったのですが、仲が良過ぎて次第に仕事をしなくなってしまいました。そのため、天の神様は怒って、二人を天の川の両岸に別れさせて、彦星には牛飼いの仕事を、織姫には機織りの仕事をそれぞれ命じました。そして一年に一度、旧暦7月7日の夜にだけ、二人が会う事を許しました。この二人の幸せを祈る行事が七夕まつりです。

星座が描かれている下図でいうと、織姫はこと座のベガ、彦星はわし座のアルタイルで、このふたつに、はくちょう座のデネブを加えたものを、俗に「夏の大三角形」と云います。

織姫と彦星

なお、夏の風物詩にもなっている、五色の短冊に願い事を書いて竹などに飾り付けるという風習は、江戸時代に、手習い(習字)が上手になるようにとの願いから寺小屋などで盛んに行われるようになり、その後、学校などで学問や技芸の上達を願うため広く行われるようになって、全国に広がっていきました。

 

今日開催された「西野神社 七夕まつり」では、6月に竣工したばかりの儀式殿前で、当社の大坊総代長による巧みな腹話術が披露され、その後、同じ場所にて引き続き、プロのパフォーマーさんによる素晴らしいマジックやジャグリングが披露されました。
それらが演じられている間、子供達からは何度も拍手や歓声が起き、七夕まつりは今年も子供達から大好評を得る事が出来ました。

令和元年8月 西野神社 七夕まつり
令和元年8月 西野神社 七夕まつり
令和元年8月 西野神社 七夕まつり
令和元年8月 西野神社 七夕まつり
令和元年8月 西野神社 七夕まつり
令和元年8月 西野神社 七夕まつり
令和元年8月 西野神社 七夕まつり

 

儀式殿前で45分程に亘って披露された、それらの演芸が終わった後は、拝殿直ぐ前の石畳の参道上に仮設したテーブルで、参加してくれた子供達全員に色紙の短冊に願い事を書いて貰い、それらの短冊は全て、拝殿の向拝に立てている青竹の枝へ、子供達自身の手により飾り付けられました。

令和元年8月 西野神社 七夕まつり
令和元年8月 西野神社 七夕まつり

 

そしてその後は、今日来てくれた子供達全員に、授与所前に設置した水槽(小型プール)の中に浮かべているマスコットのビニール風船を、釣り具で釣って貰いました(釣り上げたビニール風船はお土産としてプレゼント)。

令和元年8月 西野神社 七夕まつり
令和元年8月 西野神社 七夕まつり

 

そして、「釣り」を終えた子供達全員に、授与所前に仮設したテーブルでお土産を手渡し、七夕まつりは閉幕しました。幸いにして今年も、七夕まつりは盛況・成功裏に無事終える事が出来ました!

令和元年8月 西野神社 七夕まつり

 

下の動画は、昨年の七夕まつりで撮影されたものです。丁度2分の短い動画なので、宜しければこちらも是非御覧下さい。今日撮影されたものではありませんが、当社の七夕まつりの雰囲気が伝わると思います。

 

なお、今日の七夕まつりの様子は、「西野神社アルバム」の、令和元年8月「七夕まつり」のページ(下記URL)にも写真を多数アップしておりますので、お時間のある方はこちらのページも是非御覧下さい。
http://f.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/R010807%20%E4%B8%83%E5%A4%95%E3%81%BE%E3%81%A4%E3%82%8A/?sort=old

 

文責:西野神社権禰宜 田頭

蒸し暑い日々が続いております

先月から、日本の全域で、じっとしていても汗が噴き出る程の蒸し暑い日々が続いており、ここ札幌も、今日も含め日中の最高気温が連日30℃を超えています。
札幌は、本日を以て、先月29日から8日連続の真夏日となり、これは、昭和51年に地域気象観測システム(アメダス)の観測を始めて以降、最長タイ記録との事です。

北海道全域でみても、北見市・置戸町・足寄町では、観測史上初めて9日連続の真夏日を観測しており、北海道でもこのような暑さが毎日続いているくらいですから、残念ながら、高所などの一部を除いて現在の日本に避暑に行けるような涼しい所はほぼ無いようです…。

「札幌で8日連続真夏日」のニュース
「札幌で8日連続真夏日」のニュース

 

この記録的な暑さのため、先月以降、道内全域で熱中症により具合が悪くなる人が急増しており、札幌市では今日1日だけで5人が熱中症の疑いで救急搬送されました。
北海道は今週も、非常に蒸し暑い状態が続くとの予報なので、皆様も、喉が渇く前に水分と塩分をこまめに取るなどして、熱中症には十分御注意下さい。

 

熱中症注意!
熱中症注意!

 

この激しい暑さがほんのちょっとでも和らぐ事を願って、以下に、真冬に撮影された、西野神社の寒そうな雪景色の写真を貼付させて頂きます。

西野神社の雪景色
札幌・西野神社の雪景色
札幌・西野神社の雪景色
西野神社の雪景色

 

文責:西野神社権禰宜 田頭