西野神社 社務日誌

札幌市西区の西野・平和・福井の三地区の鎮守(氏神様)であり、縁結び・安産・勝運上昇等の御神徳でも知られる西野神社の、公式ブログです。

節分祭・豆撒き

矢を放つ

今日は「節分」です。過去にも何度か解説させて頂きましたが、元々節分とは、新たな四季が始まる立春立夏立秋立冬それぞれの前日を指していたのですが(ですから昔の節分は1年に4回あったのです)、現在は、専ら立春の前日だけを表すようになりました。年に4回あったこれらの節分のうち、立春前日だけが現在でも節分として残っているのは、季節の変わり目の中では冬から春への移り変わりが最も人々の関心を集め、また、立春の前日は二十四節気の起点、即ち年の初めでもある事から、他の時期の節分よりも特に重視され強調されるようになったためと云われています。

その節分の日の今日、(節分と日曜日が重なった昨年程ではなかったものの)当社には厄祓い(もしくは家内安全)の御祈祷を受けに多くの方々が来られ、節分祭斎行のため御祈祷を一時中断した午後2時45分から30分間程の時間を除き、午前9時頃から午後4時半頃まで、ほぼずっと御祈祷が続きました。

午後3時からは、来賓の方々(元市議会議員、党公認・衆院選出馬予定者、第37代ミスさっぽろなど)や、当社関係者(副総代長、萬燈保存会会長、神力會会長、赤鬼・獅子・恵比須様・大黒様等各所役奉仕者など)、年男・年女の方々など参列の下、節分祭が執り行われました(下の写真参照)。

節分祭(玉串拝礼)

節分祭に引き続き3時半からは、境内の第二駐車場に於いて豆撒きの神事が執り行われたのですが、豆撒きに先立ってまずは宮司が「鬼は外、福は内」と言いながら舞台上から豆を撒き、宮司の撒いたそれらの豆によって舞台の前で暴れていた赤鬼は退散し、続いて、恵比須役が舞台上から天に向けて矢を放ち(今日の記事の一番上に貼付の写真参照)、大黒役が、舞台上から小槌で舞台前の参列者達のお祓いをしました。なお、この時の矢を放つ所作は元々は追儺(鬼やらい)に由来します。

そして、それら一連の次第を終えた後、司会が発声する「鬼は外!福は内!」の掛け声と、萬燈保存会の方々が奏するお囃子と共に、豆撒きが賑々しく執り行われ、舞台から撒かれる豆やお餅を直接受け取ろうとする人々や、地面に落ちた豆やお餅を拾おうとする人々の歓声で会場は大いに盛り上がりました。

なお豆撒きの舞台は、昨年同等、第二駐車場全体を南北二つに分断するような形で中央に設置され、舞台の南側は大人専用の会場(下の写真の上段参照)、舞台の北側は子供専用の会場(下の写真の下段参照)とし、大人と子供はそれぞれの会場にて豆を拾って戴きました(大人と子供が同一会場に混在すると、特に背の小さなお子さんが、手を広げて豆を受け取る事に夢中になっている大人の目に入らず押し倒されたり踏まれたりする危険があるからです)。

豆撒き(南側・大人会場)

豆撒き(北側・子供会場)

舞台上から撒かれた豆やお餅が入っている袋には、神力會の会員さん達によりそれぞれ番号が記されており、豆撒きの神事の後は、それぞれに番号に応じた副賞が授与所の窓口にて、豆撒きに参加された皆さん方に授与されました。その後は、何日も前から今日の豆撒きの準備をして下さった神力會の会員さん達により、参集殿にて直会が開かれ、かなり盛り上がっている様子でした(笑)。

なお、今日の節分祭、豆撒き、副賞授与、神力會の直会等の様子を写した写真は、「西野神社アルバム」の「平成21年2月 節分祭・豆撒き 」のページ(下記URL)に多数アップさせて頂きましたので御覧下さい。

http://f.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/210203%20%E7%AF%80%E5%88%86%E7%A5%AD/?sort=old


(田頭)

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